2019.01.18 01:45ナポレオンをめぐる女たち⑦ ジョゼフィーヌ3 イタリア戦役での連戦連勝の報、続々と到着するおびただしい敵旗。パリは沸き返っていた。人びとはナポレオンが熱烈に夫人を愛していることを知っており、その愛が勝利をもたらしていると考えた。そのためジョゼフィーヌはこう呼ばれた。「勝利の聖母」。しかし、毎日送られてくる手紙にも、周囲の賞...
2019.01.17 01:18ナポレオンをめぐる女たち⑥ ジョゼフィーヌ2 ナポレオンはジョゼフィーヌに求婚し、二人は結婚する。しかし、ジョゼフィーヌはナポレオンを愛していたわけではない。ナポレオンは美男子でもないし、体格をがいいわけでもない。風采のあがらない、ただの痩せた小男。彼女好みの愛人は、逞しくてがっしりした、経験豊富な優雅な男。またジョゼフィ...
2019.01.16 01:01ナポレオンをめぐる女たち⑤ ジョゼフィーヌ1 ナポレオンの軍人としてのデビュー戦は1793年の「トゥーロン港攻囲戦」(王党派を支援する、イギリス・スペイン連合艦隊が占拠したトゥーロン港を、砲兵隊を活用して奪還))だが、出世街道を邁進し始める出発点になったのは、1795年10月5日に起きた王党派の反乱の鎮圧。パリ中心のサント...
2019.01.15 00:29ナポレオンをめぐる女たち④ 母レティツィア4 エルバ島で暮らすナポレオンに、再び権力掌握の機会が訪れる。その頃フランスでは、ルイ18世(フランス革命で処刑されたルイ16世の弟でプロヴァンス伯)の復古王政に国民が不満を抱き始め、ナポレオン時代を懐かしむ声が高まっていた。ルイ18世の政治は、所有権の不可侵、法の下での平等、出版...
2019.01.13 22:58ナポレオンをめぐる女たち③ 母レティツィア3 1804年、国民投票で圧倒的な支持を受け、皇帝の座に就いたナポレオンも、1812年のモスクワ遠征に失敗。1813年、プロイセン・オーストリア・ロシアの連合軍にライプチヒの戦いにも敗れ、エルバ島に流される。ナポレオンは世継ぎ欲しさから最高の「あげまん」だったジョゼフィーヌを捨て、...
2019.01.13 02:02ナポレオンをめぐる女たち② 母レティツィア2 ナポレオンはこんな言葉を残している。 「私の考えでは、ある子供の将来の立派な行為にせよよこしまな行為にせよ、全面的にその子の母親いかんによる」 母が子に授ける教育の重要性について述べているが、自分の母親レティツィアについても次のように礼賛している。「母はわたしの幼少時...
2019.01.12 13:49ナポレオンをめぐる女たち① 母レティツィア1 ルーヴル美術館にある膨大な数の絵画の中で最も大きな作品のひとつであり(幅10メートル、高さ6メートル)、かつレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」とともに最も有名な作品がルイ・ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」。ただし、この絵はナポレオン自身の戴冠の場面が描かれているわけではな...
2019.01.10 00:28蕎麦の話⑩ 芭蕉と蕎麦 蕎麦の花の美しさは、中国の漢詩にすでに登場し、その白く映える花の美しさがしばしば詠まれている。まず白居易。 「月明蕎麦花如雪」(月明らかにして 蕎麦 花 雪の如し) 月と雪に譬えられた蕎麦がセットになっている。、また張維屏はこう詠んでいる。 ...
2019.01.09 01:31蕎麦の話⑨ 小林一茶と蕎麦 小林一茶の故郷は信濃国水内郡柏原村。標高2053mの黒姫山の麓の雪深い里である。この地域は、良質の蕎麦が穫れることでも有名で、15才で江戸の奉公に出るまでの一茶は秋にはあたり一面に咲く白い蕎麦畑を見て育った。五十歳で再び故郷に戻り文政十年(1829)、65才の生涯を終えている。...
2019.01.07 23:40蕎麦の話⑧ 「夜蕎麦売り」 明暦三年(1657)一月、江戸の八百八町に火の手が拡がり、江戸市街の三分の二が焼け跡となった。回向(えこう)に燃やした振袖が火元になったので「振袖火事」と言われた「明暦の大火」である。この火事の後、江戸では復興景気で手間賃が急騰。各地から職人が大挙して江戸に入り込み、それをきっ...
2019.01.07 00:05蕎麦の話⑦ 「玄蕎麦」・「丸抜き」・「生蕎麦」・「二八蕎麦」 稲の果実である籾(もみ)から籾殻(もみがら)を除去し、精白していない状態の米を「玄米」(「玄」=赤または黄を含む黒色)と言うが、蕎麦の実の場合は殻のついたままの実を「玄蕎麦」(「殻蕎麦」)と呼ぶ。この玄蕎麦からそば殻(外皮)だけを取り除いて、そのままの形をとどめている状態のそば...
2019.01.06 01:20蕎麦の話⑥江戸っ子と蕎麦2 蕎麦と粋(いき) 元禄15年(1702)12月14日、大石内蔵助率いる元赤穂藩の浪士四七名が、江戸本所松坂町の吉良上野介の屋敷を襲って、主君浅野内匠頭の仇を討つ。討ち入りの前夜、義士たちはひそかに江戸市中のそば屋に集まり、そばを食べたという巷説は広く知られ(「討ち入り蕎麦」ただし、事実ではないと...