ナポレオンをめぐる女たち① 母レティツィア1
ルーヴル美術館にある膨大な数の絵画の中で最も大きな作品のひとつであり(幅10メートル、高さ6メートル)、かつレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」とともに最も有名な作品がルイ・ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」。ただし、この絵はナポレオン自身の戴冠の場面が描かれているわけではない。描かれているのは皇后ジョゼフィーヌがナポレオンによって戴冠される場面。ダヴィッドは、習作段階ではナポレオン自身の戴冠の場面を構想していたが政治的配慮から変更した。習作の何が問題だったのか?
ナポレオンはこの式にローマ教皇ピウス7世を呼び寄せていた。しかし教皇から戴冠されるためではない。ナポレオンは国民投票によって、つまり民衆の支持によって皇帝に選ばれた。そのことを示すために、自らの手で自らの頭に戴冠しようと考えた(実際そうした)。しかし、それを絵にすると、まるで人々の支持を得ずに勝手に皇帝になったかのような滑稽な印象を与えることになってしまう。だからジョゼフィーヌの戴冠の場面に変更したのだ。
また、この絵には政治的配慮からの虚構もある。実際には式典に列席しなかったナポレオンの母皇太后レティツィアが画面奥の中央に座り、満足げな面持ちで息子ナポレオンの栄光の瞬間を見守っている姿が描かれている点だ。彼女が参列しなかった理由は、表面的には、旅に思わぬ時間がかかり式に間に合わなかったとか、体調がすぐれずローマを出発するのが遅れたとか言われるが、ちょっとそれは考えにくい。息子の晴れ姿を見たいのであれば、前々から予定の決まっている式典にその程度の理由で遅れて列席できなくなることなど考えられない。彼女は、式に間に合わなかったのではなくて、出席したくなかったのだ。
では、なぜ出席したくなかったのか?彼女がジョゼフィーヌを嫌っていたためという説もあるが、それ以上に、息子が皇帝になるのを見たくなかったのだろうと思う。母レティツィアにとって、息子が皇帝になることは喜び以上に不安だった。ナポレオンがレティツィアのところに「あなたは皇帝の母親なんだから、ちゃんとした宮廷をつくりなさい」と言って、巨額の金を置いて言っても、それはなるべく使わないで貯金し将来に備えた。ナポレオンのおかげで国王や王妃になって浮かれている子どもたちにもこう言い放つような母親だった。
「あなた方は、自分たちが何をやっているのか、わかっていない。世の中っていうのは、いつまでも同じようにゆくもんじゃない。もしあなた方が私を頼りにこの腕の中に飛び込んでくるようなことがあるならば、その時にはあなた方は私が今やっていることに感謝するでしょう」
そして、実際その通りになったのである。ナポレオンがセント・ヘレナ島に流された頃、レティツィアの貯金は1300万フラン(約65億円)に上っていた。そして、没落した子供たちや周りの者たちを援助するために使われたのだ。このようなレティツィアはナポレオンの人間形成にどのような影響を与えたのだろう。ナポレオンをめぐる女性の最初に母レティツィアについて考えてみたい。
(ダヴィッド「ナポレオンの戴冠式」)部分
(ダヴィッド「ナポレオンの戴冠式」)部分 左上の女性がレティツィア
(ダヴィッド「ナポレオンの戴冠式」)全体
(自身に戴冠するナポレオンを描いたダヴィッドの習作)
(フランソワ・ジェラール「レティツィア」)
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