「フランスの宮廷と公式愛妾」10 ディアヌ・ド・ポワチエ(5)王妃カトリーヌ

 子供が生まれたのはよいが、カトリーヌはそれから12年間のほとんどを産褥の床に過ごす。また子供たちは生まれるとすぐさっさと取り上げられて、ディアヌのもとに連れていかれる。出産による真の勝利者はカトリーヌではなくディアヌだった。このときから彼女は、アンリとカトリーヌの夜の生活に干渉するだけでなく、二人の子供たちの乳母を選び、彼らの体調を観察し、母乳の状態に気を配る。19歳も年上の経験豊かな助言者としてアンリを籠絡しカトリーヌに取り入り、今度はその子供たちを指導することで、アンリにとってもカトリーヌにとっても、その子らにとってもなくてはならぬ存在として特異な地位を築いていく。

 1547年3月31日国王フランソワ1世死去。そして7月25日、新国王アンリ2世の戴冠式がランスのカテドラルで行われた。出席した貴族たちをもっとも驚かせたのは、儀式用のマントにアンリのイニシャルのHとディアヌのイニシャルのDの刺繍が、無数に施されていたこと。戴冠式に続く祝賀に出席するアンリ2世の横にいたのは王妃カトリーヌではなく愛妾ディアヌ。カトリーヌは「体をいたわるために休むがいい」という国王の言葉に従い、席を外していた。それ以後も、アンリ2世はディアヌへの愛を隠そうとしない。フォンテーヌブロー城の壁にも、ふたつの絡み合ったイニシャルがつけられ、すべての服、すべての武器にさえもHとDがあった。1548年には、国王はディアヌにヴァランティノワ公爵夫人の称号を与える。年金を増やし、高価な宝石を事あるごとに与え、いくつもの領地がディアヌのものになる。何よりディアヌを喜ばせたのは、ロワール川支流のシェール川のほとりに佇む優雅なシュノンソー城を与えられたことだった。

 国王の愛を一身に受けているディアヌは、国事にも口を出すようになった。地位、権力、財産、美貌、知性、そのすべてを持つディアヌは、女王のように君臨していた。その陰で、王妃カトリーヌはひたすら耐えながら、子どもを国に授けることに専念。毎年のように妊娠していたカトリーヌは、国王の旅にも同行せず、ディアヌがそのかわりを務めていた。ディアヌにおぼれ切っている国王は、人目も気にしなくなった。フェラーラ公国のフランス駐在大使がこんな記録を残している。

「ボールゲームと狩猟のほかは、陛下は一日中公爵夫人に取り入ることしかなさっていないように見受けられる。昼食後も夕食後もおふたりは常にごいっしょにしておられ、平均すると少なくとも8時間は共に過ごされていることになる。公爵夫人がたまたま王妃の部屋におられると、わざわざ呼びに行かせるほどである。それがあまりにも嘆かわしく、亡き国王(フランソワ1世)よりもたちが悪いとの評判である」

 こんな二人の関係を王妃カトリーヌはどんな思いで眺めていたのだろう。ブラントームが『好色女傑伝』のなかでびっくりするカトリーヌの行動について記している。ひいきにしていたロンヴィ夫人とともに、ディアヌの部屋の真上に穴をあけて、ディアヌとアンリのお楽しみの現場を覗き見たというのだ。

「実際にその光景を眼のあたりにしてみると、二人の眼に触れたスペクタルは、いやはや、見事ともなんとも申しようにない天下の絶景であった。と申すのは、二人の眼に映ったのは、半身シュミーズで蔽われたセミヌードの、白晳(「はくせき」肌の色が白いこと)の、デリケイトな、フレッシュな美女が、情人を愛撫し、甘ったるく囁き、そしてとんでもないエッチなことをしかけ、また相手の男の方もおなじように相手に戯れかかっている姿であった。・・・絡みつ絡まれつつの愛欲絵巻を眼のあたりにした、というわけである。」

 カトリーヌ相手には決して見せたことのない痴戯や狂態。この一部始終を目にしたカトリーヌが「悲憤やるかたなく、よよと泣き崩れ、呻き嘆いて愁嘆のご様子であった」のは当然だろうが、それで終わらないのがカトリーヌ。『見てはならないものを見たいなんて思ったのがそもそものまちがいのもとなのね、だって、あんなものを見たんで、気分が悪くなってしまったわ』と心をとり直す。ブラントームはこうしめくくる。

「王妃はもう、それほどお気に病まれず、かえって、この覗き魔の暇つぶしを、できるだけ長く続けられて、この光景を笑い話の種にするように態度をお変えになったが、おそらく、ほかの面でもまた態度をお変えになったかもしれない。」

シュノンソー城

クルーエ工房「ディアヌ・ド・ポワチエ」ヴェルサイユ宮殿


作者不明「カトリーヌ・ド・メディシス」ウフィツィ美術館

「アンリ2世とカトリーヌ、子どもたち」ルーヴル美術館

シュノンソー城

 ヴェルサイユ宮殿に次いで、フランスで2番目に観光客の多い城。手前の広い庭が「ディアーヌの庭」。塔を挟んで向こう側の小さい庭が「カトリーヌの庭」

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