「万の心を持つ男」シェイクスピア3『ハムレット』③「尼寺へ行け」

 ハムレットの悩みは、城中を歩きながらの独白(第四独白)に表されている。『ハムレット』の中でもっとも有名な場面だ。

「活きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ(“To be, or not to be, ― that is the question.”)。どちらが気高い心にふさわしいのか。非道な運命の矢弾(やだま)をじっと耐え忍ぶか、それとも怒涛の苦難に斬りかかり、戦って相果てるか。」

 ハムレットは復讐の意図を隠すため狂気を装う。それを知っているのはホレイシオとマーセラスだけ。この狂気の振る舞いはどのような反応を引き起こしたか?まず国王。彼は、王位簒奪者としての意識から、ハムレットの狂気の原因を満たされぬ大望にあると推測し、ハムレットの幼な友達のローゼンクランツとギルデンスターンを呼び出して、それとなく彼の本心を探らせることにした。ハムレットの前に現われた二人。

ハムレット    一体君たちは何をしたというんだ、運命の女神によってこの牢獄へ送り込まれるとは。

ギルデンスターン 牢獄ですって、殿下。

ハムレット    デンマークは牢獄だ。

ローゼンクランツ それでは、世界中が牢獄です。

ハムレット    立派な牢獄だ。至るところに、独房だの、豚箱だの、地下牢だのがあるが、デンマークは最悪だ。

ローゼンクランツ 我々には、そう思われませんが。

ハムレット    それでは、君たちにはそうではないのだ。そもそも、それ自体よいとか、悪いとかいうものはない。考え方一つだ。俺にとっては牢獄なのだ。

ローゼンクランツ それは、大志を抱いていらっしゃるから、そのようにお感じになるのでしょう。お心には、デンマークは狭すぎるのです。

ハムレット    何を言う、俺は胡桃の殻に閉じ込められても、無限の宇宙の王だと思える男だ。・・・

 ハムレットは、二人の様子を見ているうちに、二人が国王に呼び出され、ハムレットの監視役として近づいてきたことを見抜く。

 一方、国王を補佐する大臣ポローニアスは国王とは違った反応を見せる。ハムレットの狂気の原因は、ポローニアスが娘オフィーリアにハムレットと会わぬように命じたことから、かなわぬ恋にあると推断。以前、ハムレットはこんな手紙をオフィーリアに書いていた。

「芳しき、わが魂の偶像、誰よりも美化されたオフィーリアへ

 ・・・ああ、愛しいオフィーリア、僕はこうして字数を数えて詩を作るのは苦手だ。この苦しみを表す才能はない。だが、君をこよなく愛している。ああ、どうかそれだけは信じてくれ。ああ、どうかそれだけは信じてくれ。さようなら。この肉体が自分のものである限りは、君の永遠の僕、ハムレット」

ポローニアスは国王と王妃に一つの提案をする。ハムレットが廊下を歩いている折にオフィーリアをけしかけ、国王と自分は壁掛けの後ろに隠れて、二人の出会いをひそかにうかがおう、というのである。

 ハムレットはふと、祈りの姿勢をとっているオフィーリアに目をとめた。話しかけるハムレットに、オフィーリアは以前彼からもらった贈り物を返そうとした。ハムレットはそのような彼女に、愛する夫に死に別れるとすぐ再婚した母の面影を、つまり美しさと貞淑とが相容れない女そのものの姿を見る。彼は、オフィーリアを愛していたのか、いなかったのか、自分でもわからなくなる。

ハムレット  おまえは誠実か?

オフィーリア 殿下?

ハムレット  おまえは美しいか?

オフィーリア どういうことでしょう。

ハムレット  もし誠実で操正しく美しいなら、その操の正しさにはおまえの美貌と口をきかせるな。

オフィーリア 美貌は、操の正しさとこそ交わるべきではないのでしょうか。

ハムレット  そりゃそうだ。美貌と交われば、操の正しさも、朱に交わって赤くなり、たちどころに男をたらしこむからな。操の力で美女が誠実になったりなどはしない。これはかつては逆説だったが、今ではこの世の中が証明している。かつてはおまえを愛していた。

オフィーリア 本当に、殿下、そのように信じさせてくださいました。

ハムレット  信じてはいけなかったのだ。美徳を古株に接ぎ木したところで、古株の穢れは消えぬ。――おまえを愛してはいなかった。

オフィーリア とすれば、私は思い違いを。

 この後である、ハムレットがオフィーリアに有名なセリフを吐くのは。「尼寺へ行け。」

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 

 「尼寺へ行け」とオフィーリアに告げるハムレット

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 

  思い出の品をハムレットに返すオフィーリア

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「ハムレットとオフィーリア」アシュモレアン博物館

トマス・フランシス・ディクシー「オフィーリア」ビルバオ美術館

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