「万の心を持つ男」シェイクスピア4『ハムレット』④懺悔


 亡霊の言葉が真実かどうかハムレットが思い悩んでいるところへ、都から旅まわりに出た役者の一座がやってきた。ハムレットは早速、トロイ落城(トロイ戦争)のくだりを朗唱するように頼む。座長役者が、トロイ王の死を語り、王妃ヘキュバの逃げまどう姿を語るうちに、顔青ざめ、涙まで流しているのを見て、ハムレットは思った。

「ああ、俺はなんて不埒な、情けない人間か!驚くではないか、ここにいたあの役者は、作り事の、絵空事の熱情に全身全霊を打ち込んで、想像の世界に入り込み、顔は青ざめ、目から涙を流し、いかにも心乱れた様子、声はかすれ、一挙手一投足がその頭の中の思いと符合している。・・・ええい、なんて馬鹿だ、俺は!我ながら見あげたものだ、この俺が、愛しい父を殺された息子が、――天も血も復讐しろと呼び掛けているのに――売女よろしく、心の憂さを言葉で晴らし、罵(ののし)りたてるとは、まさに淫売だ。下司野郎だ!情けないぞ、ええいっ!頭を働かせろ。――そういえば、聞いたことがある。罪ある者が芝居を見て、場面の真実に胸打たれ、心を深くゆすぶられ、直ちに悪事を白状したという。人殺しの悪事は、不思議なことに、舌がないのに口をきく。あの役者連中に、父上殺害に似た芝居を打たせ、叔父貴に見せてやろう。その顔色を窺い、痛いところを探ってやる。少しでもたじろげば、やるべきことはわかっている。俺が見た亡霊は悪魔かもしれぬ。悪魔は相手の好む姿に身をやつして現れる。そうとも、ひょっとして俺が憂鬱になり、気弱になっているのにつけこんでまんまと俺をたぶらかし、地獄に追い落とそうという魂胆か。もっと確かな証拠が欲しい。それには芝居だ。芝居を打って、王の本心をつかまえてみせる。」

 ハムレットは座長役者を呼び、明日、「ゴンザーガー殺し」を見せてもらいたいと言い、それに十数行の必要なセリフをつけ加えてくれと頼んだ。そして翌日の夜、国王、王妃、宮廷一同の前で、「ゴンザーガー殺し」が上演された。ハムレットは、ホレイシオにも意中をうちあけ、二人で国王の顔色をうかがっていた。劇中の国王が王妃と愛の誓いを繰り返した後、午睡をとると、悪漢が忍び寄ってその耳に毒液を注ぎ込むところまできたとき、国王クローディアスはいたたまれず立ち上がり、奥へ去っていった。ハムレットはホレイシオと手を取り合い、亡霊の言葉が確認できたことを喜んだ。

 国王は、一人になると、さすがに罪の重みに耐えかね、神に赦しを祈ろうとした。

「ああ、わが罪はおぞましく、天まで悪臭を放つ。人類最初の罪――兄弟殺しの罪の呪いだ。祈ることはできない。祈りたい、いや祈らねばと思うのだが、その思いより強い罪の思いに押しつぶされる。・・・この呪われた手に兄の血が分厚くこびりついていても、それを雪のように白く洗い流す恵みの雨はないのか。・・・ああ、何と言って祈ればいいのだ?「忌まわしき殺人を赦したまえ」か?それはできない。何しろ、殺人で得たものを俺はまだ手にしているのだから――わが王冠、わが野心、そしてわが王妃。それらを手放さずに赦しが得られようか。」

 そこへ、母に呼ばれてその寝室に行こうとするハムレットが通りかかった。いまこそ復讐の好機、と剣を抜くも、ためらってやめてしまう。なぜか?行動力がないからか?違う。これもキリスト教(カトリック)の考えに基づく。懺悔中の人間を殺せば、天国に送ってしまうことになるからだ。

「今ならやれる。奴は祈っている。よし。やるぞ。[剣を抜く]― やれば、奴は天国へ行く。それで復讐はなるのか。考え物だ。悪党が父上を殺した、そのお礼に、一人息子の俺が、この悪党を送ってやるのか、天国に。それでは雇われ仕事だ。復讐ではない。こいつは、父上が世俗の罪にまみれ、煩悩が五月の花と咲き誇るさなかに殺したのだ。父上がどのような天の裁きを受けるのか、想像もつかぬ。だが、どう考えてみても、赦されるはずがない。なのに、祈りで魂を清め、天に昇る用意ができているこいつを殺して、一体俺は復讐したことになるのか。なるものか。剣よ、収まれ。もっとおぞましい機会を捉えるのだ。酔っ払って眠る、怒り狂う、近親相姦の肉欲に耽る、博打に惚けて悪態をつく、そうした救いようのない瞬間を――。そのときこそ、突き落とすのだ、地獄へ。奴の魂は、天国を蹴り、どす黒く呪われて地獄落ちだ。」


映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 懺悔する王を殺そうとするハムレット

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 座長役者と話すハムレット

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 劇中劇で王が毒殺される場面

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 懺悔する王

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 王をの殺害を躊躇するハムレット

ドラクロワ「王を殺そうとするハムレット」メトロポリタン美術館

0コメント

  • 1000 / 1000