「ナポレオンとトルストイ『戦争と平和』」3 アウステルリッツの戦い③


 ナポレオンのイギリス上陸作戦の成功のカギは、強大なイギリス艦隊の監視をくぐりぬけて、いかにして大兵力を上陸させるか。1805年5月8日、ナポレオンは、イギリス艦隊をドーヴァ海峡から遠ざけるために、艦隊をけん制してアンティル諸島におびき出す作戦をヴィルヌーヴに指示するとともに、2000隻の船舶で15万の兵力をイギリスに上陸させる計画を伝えた。イギリス主力艦隊を遠ざけたヴィルヌーブは、アンティル諸島から8月8日~18日にはブローニュへ戻り、彼が率いるフランス・スペイン艦隊が海峡を制している間に、ブローニュ集結の大兵力をイギリスに上陸させる、これがナポレオンの狙いだった。

 提督ネルソン率いるイギリス艦隊をアンティル諸島におびき出すところまでは計画通りだった。しかしネルソンの補足を免れてスペイン近海に戻ったヴィルヌーヴはイギリス艦隊接近の知らせを聞いて、カディス港に逃げる。イギリス艦隊はカディス港を封鎖。それを知らないナポレオンは8月22日、こう命令する。

「出航せよ。一刻の猶予もならぬ。連合艦隊はドーヴァ海峡に入れ。イギリスは我々のものだ。我々はすべて準備を完了した」

 しかし、連合艦隊は現れない。ナポレオンはその3日後、艦隊がカディス港に逃れ、封じ込められたことを知った。ナポレオンは後にセント・ヘレナでこう語った。

「ヴィルヌーブの軟弱さのためにすべてを失った」

 イギリス侵攻の企図は失敗した。しかしナポレオンは海上作戦をあきらめない。9月14日、カディス港を出港し、ナポリに部隊を上陸させることを命じる。しかし、それを察知したネルソンは、カディス近くのトラファルガー岬沖で待ち受ける。こうしてネルソン提督率いるイギリス艦隊とビルヌーブ提督指揮するフランス・スペイン連合艦隊との間で海戦(10月21日)。「トラファルガーの海戦」である。結果はイギリスの大勝利。イギリスは沈没艦ゼロ、戦死約1600人に対し、連合艦隊は、撃沈5、捕獲17、戦死約8000人(ネルソン自身は艦上で戦死したが)。ナポレオンの英国本土上陸の企図は粉砕され,イギリスの制海権掌握が決定した。

 一方ナポレオンは、8月13日、外務大臣タレーランに次のようにオーストリア遠征計画を伝えている。

「わたしの方針は決まった。オーストリアを攻撃し、11月までにウィーンに行きたい」

 8月9日にオーストリアがイギリス・ロシア同盟に加わり、第3次対仏同盟が結成されたことを知ったからだろう。ナポレオンは警察大臣フーシェには、オーストリア遠征の理由をこう述べている。

「オーストリア皇帝の軍事行動によって、国境防衛のために、3万人の兵士をライン河に送らねばならなくなった」

 ナポレオンはバイエルン、ヴュルテンヴェルク、バーデンなどドイツ諸侯と軍事協定を結び、戦争に備えながら、侵攻の機会をうかがっていた。

 9月10日、オーストリア軍7万2千が宣戦布告もしないで同盟国バイエルンに侵攻する。ナポレオンは絶好の口実を得た。9月24日、ナポレオンはサン・クルー宮殿を発つ。9月26日、ストラスブールについたナポレオンは、全軍の士気を鼓舞するために、「フランス大陸軍への布告」を発する(9月30日)。

「兵士たちよ、第三次対仏同盟戦争が開始された。・・・おまえたちの皇帝はおまえたちとともにある。おまえたちこそ偉大な国民の前衛にほかならない。必要とあれば、わたしの号令一下、全国民がイギリスの憎悪と金でつくりあげられたこの同盟をくじき崩壊させるために立ち上がるであろう。だが兵士たちよ、われわれは強行軍を続け、あらゆる種類の疲労と不自由に耐えなければならぬだろう。いかなる障害が立ちはだかろうとも、それを克服せよ。休息をとるのは、われわれが鷲のしるしを敵の領土にならべてからにしようではないか」

10月14日、エルチンゲンでネー元帥率いる軍が、オーストリア軍を撃退。マック司令官率いるオーストリア軍はエルチンゲンの南10キロに位置するバイエルンの要塞都市ウルムに立て籠もるも、砲撃の脅しに屈して、10月19日降伏。しかし、オーストリア軍は未だ主力を残していた。それに同盟国ロシアの援軍が近づきつつあった。11月14日、ウィーン入城。オーストリア軍は首都を放棄。しかしウィーン占領でもオーストリア皇帝は屈しない。彼に講和を求めるためには、どうしてももう一度決戦で勝利する必要があった。

ルネ・テオドール・ベルトン「ウルムの戦いで降伏するオーストリア軍」ヴェルサイユ宮殿

クロード・ゴーテロ「1805年、アウグスブルクで大陸軍第2軍団に訓示するナポレオン」ヴェルサイユ宮殿

トラファルガー海戦関連図

ピエール・ヴィルヌーヴ

オーギュスト・メイヤー「トラファルガー海戦」フランス軍艦ドゥターブル号の撃沈

レミュエル・フランシス・アボット「ホレ-ショ・ネルソン」

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