夏目漱石と20世紀初頭のロンドン13 自転車

 イギリスにおける自転車の歴史は18世紀末頃にまで遡るというが、自転車も1800年代の中ごろまでは特に人気のある乗り物ではなかった。1870年代にまず男性の娯楽として新たな関心を集め始め、1885年にスターリーが「ペニー・ファージング」(前輪が後輪よりはるかに大きい)を改良し前輪と後輪を同じ大きさにし、さらに1888年にジョン・ボイド・ダンロップ(「ダンロップ」の創業者)が空気タイヤを発明(それまでの馬車や自転車のタイヤは、車輪にゴムを貼り付けただけだった)したことで熱狂的な人気を呼ぶようになった。特に女性にとって自転車は、肉体的にも精神的にも独立した個人であるという意識を高め、女性の社会的開放に大きな役割を果たした。男性と家庭への従属を脱して主体的に生きるライフスタイルを象徴する乗り物になった。

「新たな夜明け、解放の夜明けが来ている。そしてそれは、自転車によってもたらされたのだ。・・・今日の若い女性は真の自立を感じることができる。体を鍛えながら心ものびやかに育んでいるのだ。・・・自転車が登場する前の生活というものが、なんとちっぽけで窮屈なものに思えることか!」(1895年8月『レディ・サイクリスト』誌のルイーズ・ジェイの記事)

 そして自転車は、神経衰弱に陥っていた漱石の精神も解放したようだ。ロンドン留学生活の後半、漱石は留学の成果を形にしようと『文学論』執筆に取り組み、下宿に籠って片っ端から買い込んだ書籍を読み漁りノートをとる生活に没頭する。しかし、そのような思いつめたような生活はやがて漱石を神経衰弱に追い込み、部屋から出てこないのを心配した大家がのぞくと、夕暮れ時に部屋に明かりもつけずに泣いている事態にまで至る。「夏目狂セリ」の電文が文部省に届いたのは1902年8月ごろのことである。そんな中、大家のすすめもあり、神経衰弱の対処療法として、漱石は生まれて初めて自転車に乗る。妻鏡子は『漱石の思い出』にこう記している。

「こんなことをしていては自分も苦しくてたまらなかったのでしょう。あたまを外へ向けたらと思ってる矢先、医者や宿の主婦がしきりに戸外の運動をすすめるので、自分でもその気になって勉強の方は一時そっちのけにして、宿の主婦のすすめで自転車乗りを始めたそうです。よくおっこちて手の皮をすりむいたり、坂道で乳母車に衝突して、以後気をつけろとどなられたりして、それでもどうやら上達して、人通りの少ない郊外なんぞを悠々と乗り回しているうちに、よほど気分も晴れやかになったとみえて、だいぶあたまもなおりかけてきたそうです。」

 帰国して半年後に、『ホトトギス』誌上に発表した『自転車日記』の中でもこんな風にやや自虐的で滑稽調に当時の様子が書かれている。

「忘月忘日 人間万事漱石の自転車で、自分が落ちるかと思うと人を落す事もある、そんなに落胆したものでもないと、今日はズーズーしく構えて、バタシー公園へと急ぐ、公園はすこぶる閑静だが、その手前三丁ばかりのところが非常の雑沓な通りで、初学者たる余にとっては難透難徹の難関である、今しも余の自転車は「ラヴェンダー」坂を無難に通り抜けて、この四通八達の中央へと乗り出す、向うに鉄道馬車が一台こちらを向いて休んでいる、その右側に非常に大なる荷車が向うむきに休んでいる、その間約四尺ばかり、余はこの四尺の間をすり抜けるべく車を走らしたのである、余が車の前輪が馬車馬の前足と並んだ時、すなわち余の身体が鉄道馬車と荷車との間に這入りかけた時、一台の自転車が疾風のごとく向うから割り込んで来た、かようなとっさの際には命が大事だから退却にしようか落車にしようかなどの分別は、さすがの吾輩にも出なかったと見えて、おやと思ったら身体はもう落ちておった、落方が少々まずかったので、落る時左の手でしたたか馬の太腹を叩たたいて、からくも四這の不体裁を免れた、やれうれしやと思う間もなく鉄道馬車は前進し始める、馬は驚ろいて吾輩の自転車を蹴飛ばす、相手の自転車は何喰わぬ顔ですうと抜けて行く、間の抜けさ加減は尋常一様にあらず、この時派出やかなるギグに乗って後ろから馳け来たりたる一個の紳士、策(むち)を揚げざまに余が方を顧りみて曰く大丈夫だ安心したまえ、殺しやしないのだからと、余心中ひそかに驚いて云う、して見ると時には自転車に乗せて殺してしまうのがあるのかしらん英国は険呑(けんのん)な所だと」

 こんな悪戦苦闘を続けていれば、神経衰弱からの回復は時間の問題だろう。英語研究のためにロンドンに留学していた岡倉由三郎(岡倉天心の弟)によれば、当時の漱石の下宿(テムズ川南のクラッパム)から岡倉の下宿のあった西の端のハマースミスまで(10km 自転車で約1時間)、漱石は何度か自転車に乗って訪ねてきた言っているから、漱石は結構自転車になじみ、サイクリングを楽しむまでになったようである。異郷の地で最新流行のサイクリングを楽しむのもまた漱石の一面だ。

(ロンドン市民がサイクリングする様子)

(サイクリングを楽しむ母娘)

(ジョン・ボイド・ダンロップ)

(空気入りタイヤに乗るその発明者ダンロップの息子)

(ペニー・ファージング)

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