『レ・ミゼラブル』②ミリエル司教2

 ミリエル司教に出会ってからのジャン・ヴァルジャンにとって、どれほど彼の存在が大きかったかは死の間際の描写からも知ることができる。

「門番のばあさんがあがってきて、細目にあけたドアのすきまからのぞいていた。医者はばあさんをたち去らせたが、この信心ぶかい老女がその場を離れる前に、死にかけている老人に大きな声でこう話しかけるのをとめることはできなかった。

『司祭さんを呼びましょうか?』

『司祭さんはおられる』とジャン・ヴァルジャンは答えた。

 そして、そこにだれかの姿が見えるみたいに、頭上の一点を指さすようなしぐさをした。

 あの司教がほんとうにこの臨終に立ち会っていたのかもしれない。」

 そして二本の燭台の話。かつて、ミリエル神父から『忘れないでください、けっして忘れないでください。この銀の道具を使って、りっぱな人間になると私に約束してくれたことをね。』と言って渡された銀の燭台。ジャン・ヴァルジャンは言う。

「コゼットに暖炉の上の二本の燭台を形見に贈ります。銀製です。だが、わたしにとっては金製です。ダイヤモンド製です。あれに立てると、普通のろうそくも教会の大ろうそくに変わります。あれをくださったかたが、天国でわたしに満足しておられるかどうかはわかりません。わたしはわたしにできることをしました。」

 そして、コゼットとマリウスにこう言う。

「さあ、わたしはもう行くよ、おまえたち。いつまでも深く愛し合いなさい。この世には『愛しあう』ということのほかには、まずなにもないのだ。」

 これもミリエル司教の教えそのもの。『レ・ミゼラブル』「第1篇 正しい人」(映画などではあまり触れられないが、ユゴーはこの作品の冒頭で、400字詰原稿用紙200枚分(邦訳)もの膨大な紙幅を割いてミリエルの生涯を叙述している)の最後にこんな記述がある。

「金を掘りだす仕事をしている人びとがいるが、彼はあわれみを掘りだしていたのだ。世界じゅうのみじめさが彼の鉱山だった。いたるところにある苦しみが、きまっていつも親切にする機会になった。『たがいに愛しあいなさい』これだけで完全だと彼は言って、それ以上のことをすこしも願わなかったし、これが彼の教えのすべてだった。」

 そして最期。 「彼はあおむけにたおれ、二本の燭台のほのかな光に照らされていた。白い顔は天を見ていた。両手はコゼットとマリユスが雨のようにキスをするのにまかせていた。彼は死んだのだ。  その夜は星がなく、真っ暗だった。おそらく闇のなかにはなにか巨大な天使が、翼を広げ、魂を待ち受けてたたずんでいたことだろう。」

 ミリエル司教によって改心したジャン・ヴァルジャンがその教えに従ってどう生きたか、『レ・ミゼラブル』の長大なストーリーは「愛」、「寛容」をキーワードに展開する。 

(TV「レ・ミゼラブル」主演ジェラール・ドパルデュー) ジャン・ヴァルジャンの死


(ジャン・ヴァルジャンの死)

(TV「レ・ミゼラブル」 主演リノ・ヴァンチュラ 1982年 フランス 219分)

 珍しくこの作品は、ミリエル神父を詳しく描いている。

(ミリエル神父)

(映画「レ・ミゼラブル」主演ジャン・ギャバン 1957年 フランス 186分)

 レ・ミゼラブルの映画化の中でも、原作に 最も忠実に作られているとされる映画 だが、ストーリーを知ってから観ないと流れがややわかりづらい。

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