「マリー・アントワネットとフランス」17  「ヴァレンヌ逃亡事件」

1791年6月20日夜半、王一家のパリ脱出劇が決行された。「ヴァレンヌ逃亡事件」である。目指すはベルギー(ハプスブルク領ネーデルラント)国境に近いモンメディ。このオーストリア軍の支援が得られる土地に国王が軍隊とともに身を落ち着け、そこで権力奪回に向けた作戦を練るという計画だった。逃避行の一行は王家の人間5人(国王、王妃、王女、王子、王妹)、養育係トゥルゼル夫人、侍女2人、護衛の兵士3人の計11人。トゥルゼル夫人がロシア人コルフ夫人を名乗り、王妃はその侍女、国王は従僕に変装、王子には女の子の格好をさせて王女と王子はコルフ夫人の娘ということにし、各人に偽のパスポートが用意された。

この日、国王一家はいつもどおりの一日を終えた。夕食後、あらかじめ綿密に立てられた計画に従って、マリー・アントワネットはフェルセンが御者をつとめる馬車に、まず子供たちを乗せた。そして、就寝の儀式が終わると、国王と王妹エリザベートとともに宮殿を抜け出した。国王一家を乗せた馬車は、フェルセンの見事な働きによってパリを脱出する。脱出はなかば成功したも同然だった。国王と王妃は、自分たちが助かったことを信じて疑わなかった。ルイ16世などは、自分の姿を隠そうともしなかったため、非常に早い段階で正体を見破られている。そして6月21日の夕方、目的地まで40キロ手前のヴァレンヌの町で、国王一家は囚われの身となってしまうのである。

 往きはヴァレンヌまで1日で着いたが、帰りはパリに戻るのに4日かかった。苦渋に満ちた帰還であり、凄まじい憎悪にさらされた帰還であった。ヴァレンヌを発った日はそうでもなかったが、翌日からは行く先々で人々は敵意をあらわにするようになった。ルイ16世は国外に出るつもりはなかったが、「国王は国外に逃れ、外国の軍隊と一緒になってフランスに攻め込もうとしたのだ」と思った人も多かった。信頼していた国王に裏切られたのだ。いたるところで国王一家が乗った馬車に罵声が浴びせかけられた。

 この逃亡事件をきっかけにして「王政を廃止せよ」という声がフランス全土から怒涛のように沸き起こってくる。革命のスローガン「国民、国王、国法!」がよく物語っているように、それまで人々は、国王と協力して新しい国造りに励もうと思ってきた。ルイ16世を善き国王として敬愛し、ルイ16世が改革の先頭に立ってくれることを期待していた。しかし、国王は従僕に変装してまで逃亡しようとした。国王が自分たちを見捨てて逃亡を図ったことは裏切り行為であり、「国王は外国の軍隊に頼って革命をつぶそうとしている」という噂が、俄然、信憑性を増すことになった。

 ところでこの事件、革命指導者たちはどのように受け止めたか?実は、彼らにとっても国王の逃亡は青天の霹靂だった。彼らにとっては国王がいなくなっては困る。革命指導者たちは最初から立憲王政を目標にしてきた。だからここにきて国王が廃位されれば新体制は成り立たなくなってしまう。それに、国王がいなくなれば国民が一つにまとまる核がなくなり、社会は大混乱に陥って収拾がつかないことになるだろう、と恐れた。そのため事件調査委員会は、国王は逃亡したのではなく、反革命派に誘拐された、という結論をくだし、国会で承認される。しかし民衆はだまされず、王政という制度そのものを疑問視するようになり、共和政への移行が公然とささやかれるようになった。

 「ヴァレンヌ逃亡事件」後、国王一家は囚人とみなされ、テュイルリー宮殿は文字通りの牢獄と化した。宮殿の周囲には天幕が張られ、そこに「国民衛兵」と改称した市民軍が野営するなど、厳しい警備態勢が敷かれた。マリー・アントワネットは、立憲王政をめざす穏健派の議員たちと手を結ぶふりをすることに決める。彼女はヴァレンヌからの帰還を出迎えたバルナーヴという若い議員を魅了し、かつてのミラボー(「ヴァレンヌ逃亡事件」直前の1791年4月2日に病死)のように、議会との仲介者として利用することにした。ミラボーと同じくバルナーヴも、国王夫妻が憲法を承認し、反革命勢力と縁を切るように懇願した。また王妃に対して、立憲王政の原則を承認したという手紙を兄ヨーゼフ2世に書き送ることを要求した。王妃はその要求に従うが、それは芝居だった。

「豚小屋に連れ戻される国王一家」(風刺画)

国王一家の逃走ルート

宮殿から脱出する国王一家

トーマス・ファルコン・マーシャル「ヴァレンヌで逮捕される国王一家」捕まって悲嘆に暮れる王妃

ジャン=ルイ・プリュール「ヴァレンヌでのルイ16世の逮捕

パリに連れ戻される国王一家

ヴァレンヌからパリへ連れ戻される国王一家(1791年6月25日)

カール・フォン・ブレダ 「ハンス・アクセル・フォン・フェルセン」

ジョゼフ・ボウズ「アントワーヌ・バルナーヴ」カルナヴァレ美術館

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