「マリー・アントワネットとフランス」6 母娘の往復書簡

 マリー・アントワネットがウィーンを去ったのは1770年4月21日、マリア・テレジアがこの世を去るのは1780年11月29日。この10年半、膨大な数の書簡が二人の間を行き来した。マリー・アントワネットが公の場でデュ・バリー夫人に言葉をかけることを望むルイ15世の希望通り、言葉をかける約束を前もってしておきながらあからさまに顔を背けた娘に、マリア・テレジアはこんな厳しい手紙(1771年9月30日付)を送る。

「・・・あなたは義務として何をしなければならないかを重々承知の上で、敢えて陛下を侮辱したのです。道理にかなったどんな理由を、あなたは挙げることができるのですか。できようはずがありません。デュ・バリー夫人にたいしては、陛下のお相手として宮廷に参内を許された女性だとみなし、そのように接すること、これをしっかりとわきまえなければなりません。あなたは陛下の第一の臣下であり、陛下に服従する義務があります。あなたは自分の夫の意志、あるいは自分の主君の意志が実現するよう、宮廷と宮廷の人々の先頭に立って手本を示さねばなりません。・・・私はあなたに要求します。あなたのすべての行動を通して、あなたの敬意と愛を陛下に納得していただくことを。それにはまず、陛下に何がお気に召すか、十分に考え、あらゆる機会を捉えて知るよう努めねばなりません。そして、陛下が余すところなく満足なさるようにするのです。逆に、陛下が不満を覚えるようなことはけっして行ったり言ったりしてはなりません。たとえあなたが他の人たちと不仲になろうと、この点は絶対に譲れません。あなたが目指すべきはただひとつ、陛下に気に入っていただき、そのご意志を成就させることだけです。・・・このままなりゆきにまかせていれば、あなたを待っているのは途方もない不幸だけだと、私は今から断言できます。そして、くだらない噂話とちっぽけな陰謀のために、あなたの人生は不幸になるのです。私にはそれが予見できます。ですから母の指示に従うように切にお願いします、世の中を知っており、子供のためならすべてを犠牲にする覚悟で、悲しい日々を子供の役に立つために生きるほかには何も望んでいない、この母の指示に。心を込めてあなたにキスを送ります。私が腹を立てているとは思わないでください。でも、あなたの幸せが気にかかり、心配でたまらないのです。」

 娘を想う母親の愛情を前面に出した文章の背後に、フランスとの同盟関係の揺らぎを心配する気持ちが横たわっていたのはもちろんだが、マリア・テレジアのすぐれているのはマリー・アントワネットを「説得」し「納得」させようと労をいとわなかったところだ。最終的な問題の解決は、マリー・アントワネットの成長にあると考え、実に細やかな配慮でアントワネットに接している。マリア・テレジアは、調子の厳しさでは申し分のないこの手紙を書き終えはしたものの、娘に送るのをためらった。そこで、1771年10月1日付のメルシー(駐フランス・オーストリア大使。マリー・アントワネットの監視役として、ヴェルサイユ宮殿での一部始終をマリア・テレジアに報告していた。)宛の手紙に同封し、こう書き添えている。

「娘宛てのいささか手厳しい手紙を同封します。・・・もしもあまりにも厳しい手紙だとお思いになったら、お手元にとどめて、娘には、今回は手紙を書くことができなかったので、侘びを言ってくれとお母さまから頼まれた、と伝えてください。」

 これに対して、メルシーは1771年10月15日付の女帝への返事でこう述べている。

「陛下におかれましては、事と次第によっては王太子妃にお便りを渡すには及ばないとの思召しでしたが、小生はお渡しするのはためらうべきではないと考えました。一刻の猶予もならないからです。・・・妃殿下は・・・すばやく目を通されたのですが、そのご様子で、文面から激しい衝撃を受けられたことがわかりました。・・・妃殿下がどのような返事をしたためられるにせよ、陛下のお便りが妃殿下の心に深い印象を与えることは疑う余地はございません。そして小生は、妃殿下がしばし熟慮されるのを待つだけです。そのあとで、機を見て一押しすれば、必ずや妃殿下は陛下がご希望になっている通りの振る舞い方を、それもはっきりとわかるように、実行なさるでしょう。」

 マリー・アントワネットは、14歳から10年半、このような指導、教育を受けたのである。

アリア・テレジアとマリー・アントワネット

ヨセフ・クランツィンガー「乗馬服のマリー・アントワネット」1771年 シェーンブルン宮殿 

 フランスからこの絵が届くのをマリア・テレジアは首を長くして待っていた。「あの娘によく似ている」と喜び、自分の書斎に置いていた。

アントン・フォン・マロン「オーストリア大公マリア・テレジア」1765~70年頃 ヴェルサイユ宮殿美術館

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