「マリア・テレジアとフランス」4 「外交革命」(4)フランスVSハプスブルク④プファルツ継承戦争

 第二次ウィーン包囲(1683年)でオスマン帝国軍を撃退した後、ハプスブルク君主国は16年にわたって対オスマン戦争を戦う。1687年にはブダ、88年にはベオグラードを制圧。これを受けてハンガリーは、ハプスブルク家に世襲王位継承権を認めた(1687年)。しかし、バルカン半島におけるこの攻勢をまたもやフランスが水を差す。1688年に「プファルツ継承戦争」が勃発し、フランスが神聖ローマ帝国領に進攻したのだ。どのような戦争だったのか?

 ルイ14世はフランス北東部で着々と領土拡張を続けていた。そんな中、1685年、プファルツ選帝侯カール2世が死去する。遠縁のプファルツ=ノイブルク公フィリップ・ヴィルヘルムが継承したが、ルイ14世はプファルツ継承権を主張。なぜか?ルイ14世の弟フィリップ・ドルレアンの妃エリザベート・シャルロットが亡くなったカール2世の妹で、それを口実にしたのだ。これではヨーロッパ諸国が不安になるのも無理はない。さらに、ルイはこの年、「フォンテーヌブロー王令」を発布し、残虐ともいえるプロテスタンティズム迫害を開始。この措置にプロテスタント諸国が緊張したのは当然だが、カトリック諸国までもショックを受ける。これほど厳しいプロテスタンティズム禁止令は、ローマ教皇や神聖ローマ皇帝でさえ出さないから。フランスに危惧を覚えるヨーロッパ諸侯・諸国(神聖ローマ皇帝、バイエルン選帝侯、ブランデンブルク選帝侯、プファルツ選帝侯、、スペイン、オランダ、スウェーデンなど)が1686年7月、対仏防衛同盟の性格を持つ「アウグスブルク同盟」を結成する。

 フランスはどうしたか?陸軍大臣ルーヴォワ(フランソワ=ミシェル・ル・テリエ)の戦略はこうだ。今やフランス軍はヨーロッパ随一の兵力を誇る。したがって同盟国の軍備が整う前に、そして東ヨーロッパにおけるオスマン帝国軍と皇帝軍の戦いが休戦する前に先制攻撃を仕掛ける。この戦略に乗せられ、ルイ14世は開戦を決意。1688年9月、フランス軍はプファルツ選帝侯領に侵入。こうして「プファルツ継承戦争」=「アウグスブルク同盟戦争」が始まる。ルーヴォワは、フランス軍に対して、「ファルツを焦土と化す」よう、驚くべき命令を出した。フランス軍は翌年1月首都ハイデルベルク、3月にはマンハイムに対して焦土作戦を実行。その惨状は目をおおうばかりで、数年後のファルツを旅行したサン・シモンも、「住居のない数人のものが、廃墟のあとに穴を掘ったり、地下室で暮らしている」と記している。その災害が大きかっただけに、ドイツ全体の反フランス感情は、一層激しくなる。

 ところで、1688年はヨーロッパの勢力図を激変させることになる大事件が起きている。「イギリス名誉革命」だ。これは、国王ジェームズ2世のカトリック主義と親フランス政策が、国内貿易商人や地主たちの反感をかったことで起こった。オランダのオラニエ公がイギリス国王ウィリアム3世として迎えられ、ジェームズ2世はフランスに追放された。ルイ14世にとっては大打撃。ジェームズ2世(ルイ14世の弟フィリップ・ドルレアンの最初の妃アンリエット・ダングルテールの兄)はルイの支持者であり、オラニエ公はルイの敵対者だった。「アウグスブルク同盟戦争」は、ドイツ人にとっては、プファルツの報復とアルザス奪回(三十年戦争の結果、1648年からフランス領)をめざす闘いであり、プロテスタントにとっては迫害者ルイ14世に対する戦いだったが、イギリスとフランスにとっては、世界史を巡る戦い、「第二次百年戦争」(1688年~1815年)の始まりだった。

 このようにフランスの神聖ローマ帝国領(プファルツ)侵入によって、二正面作戦を余儀なくされたハプスブルク君主国は、ベオグラードを奪回され、オスマン戦争は膠着状態に陥っていく。しかし「アウグスブルク同盟戦争」が終結に向かい始めた1690年代半ばから、対オスマン戦争に力を注ぐことのできる環境が整う。1687年、ハプスブルク軍はゼンタの会戦で大勝し、1699年初頭にカルロヴィッツ条約を締結。これによってハプスブルク君主国はトランシルヴァニアを含むハンガリーの大半などを獲得し、中東欧の支配権をほぼ二倍に拡大するのである。

「1687年 ゼンタの会戦」ヴォイヴォディナ博物館 セルビア

ピエール・ミニャール「ルーヴォワ侯フランソワ=ミシェル・ル・テリエ」ランス美術館 ルイ14世の軍隊を世界一と賞される強さに仕上げた

ピエール・ミニャール「アウグスブルク同盟戦争の頃のルイ14世」ヴェルサイユ宮殿

ジャン=バティスト・マルタン「1692年 ナミュール包囲戦」ヴェルサイユ宮殿

ゴドフリー・ネラー工房「ジェームズ2世」

ゴドフリー・ネラー「ウィリアム3世」スコットランド国立美術館

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