「イギリス産業革命と紅茶文化」9 インド・キャラコ

 国王から貿易の特権を与えられた特許会社であるイギリス東インド会社が設立されたのは1600年。航海ごとに利益は分配され、恒常的・組織的な株式会社としては不十分なものであったため、イギリスより遅れて1602年に発足したオランダ東インド会社(1回の航海ごとではなく、永続的に資金を集め、組織的な会社を組織し、利益を配当する形式をとった)との競争では後れをとることになる。そして1623年の「アンボイナ事件」(17世紀初頭、オランダ、イギリス両東インド会社はアンボイナ島に商館を設立して、香料貿易で激しく競争していたが、1623年、日本人傭兵の挙動不審からオランダ側はイギリス人商館長以下10名,日本人傭兵9名を捕らえて拷問・虐殺し,イギリス勢力を駆逐)で、イギリスはオランダに敗れ、インドネシア水域には進出できず、インドに定着することになる。インドには胡椒などはあったが、香料は手に入らない。他方、当時のインドは世界最大の綿織物業地帯で、アジア各地に輸出していたので、その綿布を入手してイギリスに持ち帰ることが、中国からの茶の輸入とともに、イギリス東インド会社の中心的な貿易になっていく。

 綿織物には商品としてすぐれた特徴がある。軽い、毛織物に比べて安い、鮮やかな色がつけられる、鮮やかな図柄のプリントができるなど。さらには、洗濯ができるため、綿織物が普及したことでイギリス人の生活は急速に清潔になり、それが平均寿命の延長にもつながったとも見られている。

 しかし、輸入された綿織物(インド・キャラコ)が人気を博していくと、当然伝統的な毛織物業界との対立が生じる。毛織物業界の圧力で、当時キャラコと言われていたコットンを禁止する運動が展開され、1700年には「キャラコ輸入禁止法」が制定。20年後の1720年には「キャラコ使用禁止法」まで制定される。しかし、東インド会社の商売上手、マーケティング上手もあって、国内でのコットンの消費は増え続け、1774年にはキャラコを禁止する二つの法律が廃止され、堂々とコットンが使われるようになる。そうなると、大量に輸入するキャラコを、国内で生産したらどうか、という発想がでてきて、イギリス国内に綿織物工業が劇的に展開されることになる。イギリス産業革命の始まりである。

 では原料の綿花はどこから調達したのか?砂糖と同じカリブ海の西インド諸島である。そこの奴隷制プランテーションでつくられた綿花が、1780年代の初期イギリス綿織物業が必要とした原綿の二分の一ないし、三分の二を供給していたのである。マンチェスターが綿工業の立地として適していたのは、奴隷貿易の拠点であったリヴァプールが、綿花輸入港として近くにあったという事情が大きく左右している。そしてリヴァプールから出ていく船が向かうアフリカ西海岸で喜ばれたのが綿織物で、奴隷と交換された。こうして、綿花がリヴァプールに入って来て、その後背地のマンチェスターで作られた綿織物がアフリカに運ばれ、それと交換された奴隷がカリブ海に運ばれ、砂糖、綿花などの奴隷制プランテーションの労働力とされた(大西洋三角貿易)。

 ところで、イギリス産業革命はインドに苛酷な運命をもたらした。マンチェスターの綿織物業の目標は、品質、価格ともにインド綿布(キャラコ)に劣らないものを自らの機械で作り出すことだった。そしてひとたびインド綿布の模倣に成功した時、インド綿業はいまやイギリスにとって邪魔者となる。イギリス綿製品のインドへの進出は困難を極めたため、イギリス政府は関税政策や軍事的・政治的圧力などあらゆる手段を駆使して、インド綿業の撲滅を計る。それでも安心できないイギリスは、インド綿職工を捕らえてその目をくりぬき、手を切断するという徹底的な撲滅策までとったと言われる。こうして古代からその名を知られたインドの輝かしい伝統的手織綿業は、抹殺され、地上から消えていった。そして強制的に綿業を奪われたあとのインドは、イギリスに原綿を供給する原料生産国への転化を余儀なくされた。これがイギリス・ブルジョワジーの主張する自由主義的国際分業の実態である。

アフリカに於ける奴隷狩りの様子

奴隷貿易船

イギリスの奴隷船ブルックス号

ヨハン・モーリッツ・ルゲンダス「奴隷船の内部」1830年 イタウー文化博物館 サンパウロ

ビートルズ「ペニー・レイン」

通り名「ペニー・レイン」への落書き

 「ペニー・レイン」(ペニー通り) は、18世紀の奴隷商人ジェイムス・ペニーの名に因んで命名されたのではないかとの疑惑を呼んでいたためだろう。しかし、リヴァプールの国際奴隷博物館は、“ペニー・レイン” と “ジェイムス・ペニー” は無関係であるとの結論に達したと昨年発表した。

キャラコのドレス 1740ー60

キャラコのジャケットとペチコート 18世紀

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