「日本の夏」5 花火②「セ・ラ・ヴィ」 (C'est La Vie)

 世界中の花火師が芸術品と認める日本の花火。主な特徴は3つ。綺麗な丸、真円になること。内側に小さな円(「芯」)があり外側に大きな円があること。そして「星」と呼ばれる火薬の粒の色が変化すること(これも世界中の花火の中で日本だけ)。そしてこのような日本の花火も時代とともに多様で華やかになってきた。背景の夜空の闇が薄くなってきた、見る側の感性が摩耗してきたために刺激をどんどん強化しないと見る人を惹きつけられなくなったのだろうか。

      「もの焚いて 花火に遠き かがり舟」与謝蕪村 

 篝(かがり)火と花火が濃い闇を背景に映える様子が浮かんでくる。江戸の夜の闇は深かった。

      「海の月 花火彩る 美しき」河東碧梧桐

花火とそれを彩るように出ている月が海に映る美しさ。これも実に絵画的だ。しかし、花火は明るく、華麗で、賑やかなだけにビフォアーとアフターのギャップが大きい。

      「花火尽きて 美人は酒に 身投げけむ」几董(きとう)

 場所は川端の料亭か花火見物の屋形船か。それまで打ち上げ花火に興じて、歓声が上がり熱狂と興奮のうちにあったが、美しい女はその最中にすっかり酔いつぶれてしまったのだろう。打ち上げ花火の喧噪が止み、静けさと闇が戻った屋形船(料亭)で静かな寝息を立てて眠る美女。想像が膨らむ。

      「星一つ 残して落(おつ)る 花火かな」酒井抱一

この星は、夏の夜空にひときわ明るく輝くこと座のベガだろう。日本では七夕の織姫星としてよく知られている。闇が深かったからこそ花火が消えて浮かび上がる星の輝き。同様の句二首。

      「空に月 のこして花火 了りけり」久保田万太郎

      「閑けさや 花火消えたる あとの星」日野草城

子規は花火見物のあとのわびしさを詠んでいる。

      「人かへる 花火のあとの 暗さ哉」正岡子規

 さらに子規は人間そのものを花火に重ねてこんな句を詠んでいる。

      「人の身は 咲てすく散る 花火哉」正岡子規

 《人生と花火》というと、三島由紀夫が「短編小説の傑作」と評した芥川龍之介『舞踏会』の有名な場面が浮かぶ。明治19年のある夜、17歳の令嬢明子は父親と一緒に初めて鹿鳴館の舞踏会に出かける。フランス語と踊りの教育を受けていた明子は十分に美しく、初の舞踏会に不安と期待をもって臨む。首尾よく、フランス人の海軍将校からダンスに誘われ、一緒に『青き美しきドナウ』のワルツを踊る。踊り疲れたふたりは一緒にアイスクリームを食べ、バルコニー(露台)に出て夜の町並みを眺める。

「・・・気がついて見ると、あのフランスの海軍将校は、明子に腕を借したまま、庭園の上の星月夜へ黙然と眼を注いでいた。彼女にはそれが何となく、郷愁でも感じているように見えた。そこで明子は彼の顔をそつと下から覗きこんで、「御国の事を思っていらっしゃるのでしょう。」と半ば甘えるように尋ねて見た。すると海軍将校はあいかわらず微笑を含んだ眼で、静かに明子の方へ振り返った。さうして「ノン」と答へる代りに、子供のように首を振って見せた。「でも何か考へていらっしゃるようでございますわ。」「何だか当てて御覧なさい。」その時露台に集まっていた人々の間には、又ひとしきり風のようなざわめく音が起り出した。明子と海軍将校とは言い合せたように話をやめて、庭園の針葉樹を圧している夜空の方へ眼をやった。そこには丁度赤と青との花火が、蜘蛛手に闇を弾きながら、まさに消えようとする所であつた。明子には何故かその花火が、ほとんど悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。

  「私は花火の事を考へていたのです。我々の生ヴイのような花火の事を。」

 暫くして仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるような調子でこう言った。」

清親「両国花火之図」

尾形月耕「婦人風俗尽 遠景の花火」

高橋弘明「首尾の松と花火」

伊東深水「花火」

イッポリート・カッフィ「サンタンジェロ城の風車花火」

ガストン・ド・ラ・トゥーシュ「カジノの晩餐」

ジョン・ダンカン・ファーガソン 「ディエップの花火」

      ディエップはドーバー海峡に面したノルマンディーの港町

0コメント

  • 1000 / 1000