「万の心を持つ男」シェイクスピア6『ハムレット』⑥オフィーリアの発狂、死

 ハムレットの心変わりに打ちのめされていたオフィーリアは、父ポローニアス殺害の知らせを聞いて「気が狂い、大切な理性をなくしてしまった。」そんなオフィーリアが王妃の前に現われる。

オフィーリア 美しいデンマークのお妃様はどちら?

王妃     どうしたの、オフィーリア?

オフィーリア [歌う]本当の恋人をどうやって見分けるの?帽子に貝殻、手には杖、歩く巡礼よ。

王妃     ああ、可愛い人、その歌はどういう意味?

オフィーリア なあに?お願い、聞いて。[歌う]死んだ殿御はもういない、もういない

       緑の草に覆われて、足には小石。ああ!

 狂ったまま意味なく歌うオフィーリアの歌声がひびくなか、兄レアティーズがパリから帰還。彼は暴徒を引き連れ、国王に「父上を返せ!」と迫ったが、妹の狂乱の姿を見て呆然と立ち尽くした。

「ああ、この脳味噌よ、干からびてしまえ。この目の感覚も働きも塩辛い涙で焼き爛れてしまえ。神かけて、狂ったお前の仇はとってやる。倍にしてお返しをしてやろう。ああ、五月の薔薇よ!可愛い乙女・・・優し妹・・・美しいオフィーリア・・・ああ天よ、そんなことがあるのか、若い乙女の正気が老人の命のように事切れてしまうなんて。愛は繊細だ――繊細であればこそ、自分の最も大切にしているものを愛の証として捧げてしまうものだ。」

 そんなレアティーズの気持ちも知らず、オフィーリアは歌い続ける。

「あなたにはウイキョウ(花言葉は「おべっか、欺瞞」)、それとオダマキ(花言葉は「不義」)。あなたにはヘンルーダ(花言葉は「後悔」「悲しみ」)。それと私にも少し。日曜には、恵みのハーブとも言うのよ。ああ、あなたは違ったふうにヘンルーダをつけてね。ヒナギク(花言葉は「恋」)もあるわ。スミレ(花言葉は「忠実」)をあげたかったんだけど、お父さんが死んだときにみんな枯れちゃったの。立派な最期だったんですって。・・・もう帰ってこないのかしら?もう帰ってこないのかしら?そう、死んでしまった、あの人は。私も死の眠りにつこう。あの人は戻らない。

 お髭は雪のように白く髪の毛は麻のように銀色。ああ、死んでしまった、あの人は。泣きくれても空しいだけね。どうか安らかに。そしてみなさんも安らかに。さようなら。」

 そしてオフィーリアは溺死してしまう。「溺れた?どこで?」と問うレアティーズに王妃はこう伝える。

「土手から斜めに柳が生え、小川の水面に白い葉が映るあたり。あの子はその枝で豪華な花飾りを作っていました。キンポウゲ、イラクサ、ヒナギク、それから、口さがない羊飼いたちが卑しい名前で呼ぶけれど、純潔な乙女たちは死人の指と呼んでいるシラン――そのすてきな花輪を、垂れた枝にかけようと、柳によじ登ったとたん、意地の悪い枝が折れ、花輪もろとも、まっさかさまに、涙の川に落ちました。裾が大きく広がって、人魚のように、しばらく体を浮かせて――そのあいだ、あの子は古い小唄を口ずさみ、自分の不幸がわからぬ様子――まるで水の中で暮らす妖精のように。でも、それも長くは続かず、服が水を吸って重くなり、哀れ、あの子を美しい歌から、泥まみれの死の底へ引きずりおろしたのです。」

 父と妹の復讐に燃えるレアティーズはこう言って、国王と王妃の前から去る。

「もう水はたくさんだろう、オフィーリア。だから、涙は流すまい。だけど、どうにも溢れてくる。[泣く]これが人間というものだ。恥なんかどうでもいい。この涙が乾いたら、女々しさはもうおしまいだ。失礼します、陛下。燃え盛る怒りの炎も、この愚かしい涙で消えかかり、今は何も言えません。」

 ところで、発狂後のオフィーリアを描いた絵画作品は多い。その図像に最も影響を与えた作品はジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」。それまでは川辺で放心状態の姿で描かれることが多かったが、ミレイ以後、水に溺れる姿で描かれるようになる。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」

ベンジャミン・ウェスト「王と王妃の前のハムレットとオフィーリア」シンシナティ美術館

ジョゼフ・セヴァーン「オフィーリア」個人蔵

ジュール・ジョセフ・ルフェーブル「オフィーリア」スプリングフィールド美術館 マサチューセッツ州

アレクサンドル・カバネル「オフィーリア」個人蔵

ポール・アルバート・ステック「オフィーリア」プティ・パレ

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