「万の心を持つ男」シェイクスピア5『ハムレット』⑤母への説教

復讐を実行せず、母ガートルードの寝室(壁掛けの後ろにはポローニアスが隠れて様子をうかがっている)に現われたハムレットに彼女は言う。

王妃    ハムレット、おまえのことで、父上はひどくお怒りです。

ハムレット 母上、母上のことで、父上はひどくお怒りです。

王妃    まあ、まあ、やめなさい。

ハムレット さあ、さあ、ひどい質問はやめなさい。

王妃    ねえ、どうしたの、ハムレット?

ハムレット 今度は何です?

王妃    私がわからないの、ハムレット?

ハムレット いいえ、十字架にかけて、わかっています。あなたは妃、あなたの夫の弟の妻、そして、残念ながら、わが母上。

 これでは、とても話し合いにはならない。王妃は話の通じるものを呼ぼうとするが、ハムレットは、自分の心の底を見るまではどこにも行かせぬ、と迫る。その剣幕に恐れを感じて、王妃は「何をするの?まさか、殺す気では。助けて、助けて、誰か!」と叫ぶ。壁掛けの背後のポローニアスも「おい、誰か!助けを!」と声をあげてしまう。ハムレットは「何だ?鼠か!くたばりやがれ。」と剣を壁掛けに突き刺す。そして壁掛けを持ち上げ、死んだポローニアスを発見する。「ああ、なんという早まった、むごたらしいことを!」と非難する王妃にハムレットは厳しい言葉を投げかける。「むごたらしい。そう、母上、王を殺して、その弟と結婚するのといい勝負だ(これは劇中劇での「再婚することは前の夫を殺すに等しい」をうけてのもの)。」と。そして先の国王とその弟の現国王の肖像を見せながら、「あらゆる美点を一身に兼ね備え」た「男の中の男」だった先の国王に対して現国王をこう評する。

「これが今のあなたの夫だ。かびた麦の穂のように健やかな兄まで枯らしてしまった。あなたには、目があるのですか。なぜ、この美しい山を捨て去って、こんな沼地で肥え太ろうとする。え?目はあるのか。それを恋とは呼ばせない。あなたの歳だったら、情欲の盛りもおさまり、落ち着いて理性に従うはずだ。そして、どんな理性がこれから、これへ移るというのだ。どんな悪魔に目隠しされて、騙されたのだ。ああ、恥を知れ。羞恥心はどこへ行った。」

 王妃の反応は?

「おまえのおかげで、この心の奥底が見えました。そこにあるのは黒ずんだ染み、どうしても消えてはくれない。

 ハムレットは容赦しない。

「消えるものか、いっそ、べとついたベッドで臭い汗にまみれ、堕落にどっぷり浸かるがいい。いやらしい豚小屋で、泥にまみれて乳繰り合えばいい!」

 そこに父王の亡霊が現れる。

「忘れるな、この訪れは、おまえの鈍った決意を研ぎすますためのもの。だが、見ろ、母を染める驚愕の色を。おお、母の苦しむ魂に手を差し伸べてやれ。」

 しかし、亡霊の姿も声も見えも聞こえもしない王妃には、亡霊と話し合う息子は気が狂っているとしか映らない。だがハムレットは、亡霊が去ると、再び母に説いてきかせる。王妃はわが身の過ちを悔いて「ああ、ハムレット、おまえは私の心を真二つに引き裂いた」と言う。それにハムレットはこう告げる。

「悪い方を捨て去り、残り半分で清らかに生きてください。」

 そして、ポローニアスの遺体を引きずりながらハムレットは王妃の寝室から退場する。

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ ハムレットの言葉が王妃を刺す

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 壁掛けの後ろに隠れるポローニアス

ジョン・リチャード・コーク・スマイス「ポローニアスを殺すハムレット」

ドラクロワ「ポローニアスの遺体の前のハムレット」メトロポリタン美術館

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 母に兄弟の肖像を見せるハムレット

映画「ハムレット」主演ローレンス・オリヴィエ 亡霊と話すハムレット

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