フランスの歴史と郷土料理4 プロヴァンス(2)カマルグ

 ゴッホの代表作「星月夜」(ニューヨーク近代美術館)。サン・レミの精神病院の窓から眺めた明け方の東の空の風景を描いたものとされているが、尖塔のあるオランダ風の教会を始め実際の風景にないものも描かれており、これまでこの絵をめぐっては多様な解釈がなされてきた。おもしろいのは、ハーバード大学の天文学者チャールズ・A・ホイットニーの「夜空に浮かぶ渦」についての解釈。ミストラルを再現した風を表している可能性があるとしているのだ。プロヴェンスで過ごした27か月の間ゴッホを悩ませ続けた「悪魔の風」ミストラルと彼の精神の崩壊を結び付けているようだ。

しかし、このミストラルもブドウづくりには貢献もしている。プロヴァンスのブドウの栽培方法は、農薬を使わない有機農法を取り入れているところが多いが、それが可能なのはミストラルの冷たく乾燥した北風がブドウの葉に虫をつきにくくさせているからだ。

 ゴッホは1888年5月30日、地中海岸のサント・マリ・ド・ラ・メールに出かける。そこにはゴッホがかつて見たことがないほどの強烈な色彩があふれていた。

「地中海はまるで鯖のような色をしている。つまり変化しやすいということで、それが緑なのか紫なのかつねにわからない。青いということすらつねに不可能だ。というのも、次の瞬間には変転する反映がバラ色や灰色の色合いを帯びるからだ」(1888年6月2日弟テオ宛手紙)

 この海岸の街の強烈な印象は、ゴッホに自分の絵の色彩をさらに一段と強調させる必要を感じさせた。

 ところでゴッホはサント・マリ・ド・ラ・メールへ出発する前日の手紙でこんなことを書いている。

「明朝早く地中海のサント・マリーへ出発する。・・・乗合馬車で行くのだが、そこはここから50キロのところだ。闘牛の牡牛の群れや半ば野生のまことに美しい小さな白馬の群れのいる草原、カマルグを横切ってゆくわけだ。」

 このカマルグとは、アルルで二又に分岐したローヌ川(グラン・ローヌ、プティ・ローヌ)と地中海に囲まれたデルタ地帯で、湖や広大な湿原が広がっている。野生の白馬だけでなく、フラミンゴの生息地として知られ、数万羽のフラミンゴがひしめくさまは、まるでアフリカかと錯覚するような光景だ。そしてアルルでよく食べられるサラダに「サラド・カマルゲーズ」 (Salade Camarguaise 「カマルグ風サラダ」)がある(「サラド・アルレジエンヌ  Salade Arlesienne アルル風サラダ」と呼ばれることもある))。何が「カマルグ風」かというと米が入っていること。もちろん、トマトやオリーブ、アンチョビなどプロヴァンス的なものも入ったサラダだが。実はカマルグはフランス有数の稲作が盛んな地域で、その生産量はフランス全体の98%を占める。その歴史は古く、あの「ナントの勅令」(1598年)でプロテスタント (ユグノー) に対して条件付きながら信仰の自由を認め,ユグノー戦争を終結させたアンリ4世の時代に遡る。アンリ4世はユグノー戦争によって荒廃した国家経済を再建するため、農業の促進を担当していた側近シュリー公マクシミリアンの助言により、カマルグでの稲作を国家政策として推進した。マラリアの蔓延等によって一度廃れてしまうが、19世紀に入って復活。その理由がおもしろい。海の近くに位置するために塩分の強いカマルグの土地の塩分を薄めるため、というのだ。確かに、カマルグは土壌に塩分を多く含むことから古代ローマ時代から製塩が行われてきた。その天日塩は「ペルル・ド・セル」(Perle de Sel(「塩の真珠」カマルグ産の塩は水と土壌の性質がよいため精製していないのにもかかわらず美しい白色をしている)、「フルール・ド・セル」(Fleur de Sel「塩の花」)と呼ばれている。マグネシウム、カルシウム、カリウムなどのミネラル成分をたっぷり含み、風味がしっかりとあり、ブルターニュの「ゲランド(GUERANDE)」、その南にある「レ島(Île de Ré)」と並んで世界的に人気が高いフランス産の高級塩だ。

 ところで、18世紀当時、フランスでは米は食用ではなかった。豚の餌。あくまで米作りの第一の目的は土地を潤し、塩分を減らすこと。カマルグの稲作が、豚の飼料用から食用に切り替えられたのは第二次世界大戦中の食糧難が理由。その後も紆余曲折はあったが一時期4400ヘクタールまで減っていた水田は1994年には14000ヘクタールにまで増え、米はカマルグの主要な産物として名を馳せている。

ルジェ(ヒメジ科の海水魚。プロヴァンス地方では赤味がかった魚を総称してルージェと呼んでいるよう。おそらくプロヴァンスで最も頻繁に食されている魚)料理に添えられたカマルグ・ライス

ゴッホ「星月夜」ニューヨーク近代美術館

ゴッホ「サント・マリー・ド・ラ・メールの海景」モスクワ プーシキン美術館

カマルグの白馬

カマルグのフラミンゴ

カマルグ 稲刈り

サラド・カマルゲーズ

カマルグの「Perle de sel」

0コメント

  • 1000 / 1000