フランスの歴史と郷土料理2 コート・ダジュール(2)「ストックフィッシュ Stockfish」

 フランスのお惣菜として世界的に定着している「ラタトゥイユ ratatouille」。実はこれもニース生まれ。

パプリカ、ナス、トマト、ズッキーニなどの土地の野菜類にニンニク、オリーブ油を加えて野菜のエキスを引き出しながらじっくりと煮た野菜の煮込み。どう考えてもイタリア食。オリーブオイルのおかげで、冷たくしても暖かくしてもおいしく食べられるのもうれしい。

 ニースの郷土料理で不思議なのが「ストックフィッシュ Stockfish」。タマネギ、トマト、パプリカ、黒オリーブ、ニンニクなどの野菜とハーブと干タラ(「ストックフィッシュ」とは塩漬けにして干したタラのこと)の煮込みで、昔はよく食べられていたが、最近は家庭で作られることはほとんどなくなったようだ。理由は二つ。第一に干タラは戻すのに一週間近くかかること(戻す時間が大事なポイントで、それを見極めるのもなかなか大変なようだ)。第二に長時間煮込むが、その匂いがきついこと。それはともかく、なぜこの料理が不思議かというと、タラは地中海には泳いでいないから。なぜ目の前に地中海がひろがり魚介に恵まれたニースで、遠く離れた北欧で獲れたタラの干物を使った料理が名物郷土料理になっているのか。実は以前同じ疑問をヴェネツィアで抱いた。「バッカラ・マンテカート」。水で戻し茹でて身をほぐした塩鱈の切身にオリーブオイルを少しづつ加えながらペースト状に練り上げたヴェネチアの郷土料理。なぜ、ラグーナ(潟)に浮かぶヴェネツィアでこんな料理が名物料理なのかと思った。『ヴェネツィア料理大全 食の共和国からのおくりもの』にこんな説明がある。

「タラがヴェネツィアにやってきたのは、中世後期。商品を売りに北ヨーロッパの国々まで出かけたヴェネツィア商人たちが、故国に持ち帰ったのである。たちまち人気を呼び、人々も想像力を働かせて独自のタラ料理を作り出していった。」

 北欧産の干タラが地中海エリアにもたらされるうえで大きな役割を果たしたのはヴェネツィアだけではない。ヴァイキング(ノルマン人、北欧人)の影響も大きい。ヴァイキングと言うと、略奪、海賊行為のイメージが強いが、植民のための移民行為(北フランス・ノルマンディーなど)や通商のための航海も行った。そして通商を主とするヴァイキングは、毛皮、鯨油、鉱石などの特産品とともに干ダラも積み込み、フランスではセーヌ川やローヌ川、ドイツ方面ではライン河やドナウ川を渡り内陸深くまで進入したのである。

 こうして地中海エリアにも伝えられたタラの人気が加速するのは、宗教改革と関係している。宗教改革は、16世紀の前半、ドイツのルター、スイスのジュネーヴにおけるカルヴァンらの教会改革から始まって、キリスト教世界をカトリック教会とプロテスタントに二分することとなり、社会と政治の大変動をもたらした。教皇パウルス3世はこの宗教改革の混乱を収束させ、カトリック教会の体制立て直しを図るために、1545年、トリエント公会議を招集した(~1563年 トリエントはオーストリア南チロルの都市。現在はイタリアに属し「トレント」と表記)。カトリック教会は、この会議で肉食を断つ「小斎日」(キリストの苦難をしのぶためにカトリック教会が定めた。)を定めた。現在も、毎週金曜日には宗教の一環として魚料理を食べる伝統「魚の日」が根付いてのはここに由来している。

 ところで、コート・ダジュールには、切り立った崖や岩山の上に作られた通称、「鷲の巣村」(鷲が卵や雛を守るために、山やがけの頂上に酢を作ったのに似ているためにネーミング)と呼ばれる小さな村が散在する。中世にさかのぼるこれらの村は、今も美しく保たれ、迷路のような細い路地に入るとまるでタイムスリップしたかの錯覚に陥る。代表格はモナコ近郊のエズ。地中海を見下ろす海抜427mの岩山の上にあり、中世の面影を残す街並みと石壁の家々、一年中絶えることなく咲き誇るブーゲンビリアやジャスミンの花々が、おとぎの国のような村を作り上げている。このような「鷲の巣村」は、コート・ダジュール周辺に100か所以上ある。それらは、サラセン人の襲撃から身を守るためだった。476年、西ローマ帝国が滅亡し、地中海は群雄割拠の時代へと入る。台頭したのは「右手に剣、左手にコーラン」を掲げ、拉致と略奪を繰り返すサラセン人の海賊たち。その蛮行にキリスト教国は震え上がる。地中海の近くでありながら新鮮な魚介の入手が困難だった「鷲の巣村」では、豚や山羊とともに干タラは重要なたんぱく源だった。コート・ダジュールの伝統料理「ストックフィッシュ」にはヨーロッパ、地中海の歴史がぎっしりつまっている。

サン・ポール・ドゥ・ヴァンス

「ストック」と呼ばれる木製のラックで干されるタラ(ノルウェー)。このラックが「ストックフィッシュ」の名前の由来。

「ストックフィッシュ」

代表的な「鷲の巣村」エズ  地中海を一望できる見事な絶景

エズを代表するホテル「シャトー・エザ」のテラス


サン・ポール・ドゥ・ヴァンス  

  ここも数ある「鷲の巣村」の中でも一、二を争う美しい町並みが残る

ストックフィッシュ(干タラ) ノルウェー

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