「ナポレオンとトルストイ『戦争と平和』」17 アンドレイ公爵⑩
アナトーリの「愛の手紙」を偶然目にしてしまったソーニャは、1年も一人の人(アンドレイ)を愛してきて、三度会っただけのアナトーリに気持ちが移ってしまったナターシャを非難する。しかしナターシャの気持ちは変わらない。
「『三日なのね』とナターシャは言った。『あたしは、もう百年も彼を愛してるような気がするの。彼のまえには、だれのことも一度も愛さなかったみたい。あなたにはこの気持はわかりっこないわ。・・・あたし今度はじめてこの愛というものを経験したのよ。これはいままでのとはちがうのよ。彼を一目見たとたんに、彼こそあたしの支配者だ、あたしはその奴隷だ、どうしたって愛さずにはいられない、って感じたの。・・・』」
そしてナターシャは、アンドレイの妹マリアに、手紙でアンドレイの妻になることはできない、と書く。アナトーリはナターシャを誘拐し、結婚式を挙げ、外国に逃げる計画を立て手はずを整えていた。しかし、ソーニャによってその計画は失敗に終わる。そしてピエールから、アナトーリに妻がいることを知らされたナターシャは砒素で服毒自殺を図る。しかし、手遅れにならないうちに解毒の応急処置がとられ一命はとりとめる。
数日後、アンドレイが帰国。父からマリヤあてのナターシャの婚約破棄を申し入れた手紙を渡され、いろいろ潤色されたナターシャ誘拐事件の話を聞かされる。そして、翌日彼のもとを訪れたピエールにこう言う。
「『伯爵令嬢ロストワ(ナターシャ)に、これまでも、いまも、完全に自由なのだし、ぼくがしあわせを祈っている、と伝えてくれたまえ』」
そして、以前の議論(過ちを犯した女性への許し)を持ち出すピエールにこう告げる。
「『過ちをおかした女を許してやるべきだとぼくは言った、しかしぼくが許すことができるとは、言わなかった。ぼくはできない・・・ぼくはあの男のお手つきをちょうだいするわけにはいかんな。もしきみがぼくの友人でいたいなら、今後ぜったいにあの女・・・・あのことはいっさいぼくに言わんでくれ。』」
その日の夕方、ピエールはアンドレイからの依頼を果たすためにナターシャのもとを訪れる。
「『・・・あなたの生活はこれからのです』と彼はナターシャに言った。
『あたしの?いいえ!あたしにはすべてが破滅してしまいましたわ』と彼女は自分を卑しんで恥ずかしそうに言った。
『すべてが破滅してしまった?』と彼はくりかえした。『もしぼくがこんなぼくでなく、この世でもっとも美しい、もっとも聡明で、もっともりっぱな人間で、そして自由の身だったら、ぼくはいまこの場にひざまずいて、あなたのお手と愛を請うたことでしょう』
ナターシャは、長い苦しい日々ののちはじめて、感謝と感動の涙で頬をぬらした、そしてじっとピエールを見て、部屋を出ていった。」
アンドレイはペテルブルクへ去る。アナトーリと会って、決闘するためだ。しかし、ピエールの知らせでアナトーリはすでに去っていた。アンドレイはかつての上司で、常に目をかけてくれたクトゥーゾフ将軍に会い、将軍が総司令官を拝命したモルダヴィア軍(アナトーリもいたが、アンドレイがトルコ派遣軍に着任するとすぐに、ロシアへ戻ってしまった)に同行し、トルコへ発った。新しい地方で、新しい生活条件の中に入って、アンドレイは生きてゆくのがいくぶん楽になる。
「彼は、アウステルリッツの戦場で空を見上げていたときに、はじめて啓示を受け、その後好んでピエールと語り合ったり・・・した、あの思想を、もう考えようとしなかったばかりか、きわみない明るい地平線を開示してくれたあの思想を思い出すことさえ恐れた。いま彼の関心をとらえていたのは、以前のそれと結びつきのない、もっとも身近な実際的な興味だけで、それに大きな熱意をもって取り組めば、それだけ過去が彼のまえに閉ざされるのだった。」
BBC「戦争と平和」ナターシャをなぐさめるピエール
BBC「戦争と平和」アンドレイとクトゥーゾフ将軍
トルストイ
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