「クレオパトラの神話」2 「クレオパトラの晩餐会」

 古代よりクレオパトラは、男を誘惑し、堕落させ、破滅へ導く女性、「妖婦」として描かれたが男に溺れていたわけではない。男の誘惑は、あくまで自分の目的、野心を実現するための手段、武器として利用しただけだ。女王は並はずれた野心家であり、飽くなき欲望の持ち主だった。フラウィウス・ヨセフスは『ユダヤ古代誌』の中でこう書いている。

「彼女は生まれつき貪欲な性向があり、どんな違法行為もした。君主になる予定の15歳の弟を毒殺させた(注:クレオパトラ7世が、カエサルの死後カエサルとの間の息子カエサリオンをファラオに即位させるために弟で夫のプトレマイオス14世をトリカブトで毒殺したとされることが多いが、このことを言っている)し、エフェソスのアルテミス神殿の嘆願者(キケテス)であった妹アルシノエをアントニウスに猿害させた。少しでも金が得られるなら、神殿も墓も冒瀆した。どんな聖所も、その飾りを取り剥がしてはならないほど不可侵であるとは考えられなかったし、どんな世俗の場所も、この悪女の強欲を十分満たせる限り、どのような禁じられた扱いも受けた。贅沢で、欲望の奴隷となったこの女性には、充分と言えるものは何もなかった」

 ディオン・カッシオスも、クレオパトラの主な特徴は飽くなき欲望を持っていたことだったとして『ローマ史』の中でこう述べている。

「クレオパトラは、享楽でも、財産でも飽くことを知らなかった。賞賛に値する野心を示すことが多かったが、人をさげすんだような大胆さを示すことも多かった。愛の力によってエジプト女王の地位を得たが、同じ方法でローマ女王の地位を得ようとして失敗し、みずからの王国も失った。同時代の最も有力な二人のローマ人を虜にし、三人目のローマ人によって身を滅ぼした」

 この三人とは、もちろんユリウス・カエサル、アントニウス、そしてオクタヴィアヌスのこと。  ところで、クレオパトラを題材にした絵画の中で画家が最も多く描いたテーマは「クレオパトラの死」だが、「クレオパトラの晩餐会」をテーマにした絵画も多く残されている。どんなできごとか?これはプリニウスが『博物誌』の中に記しているエピソードだ。

「2粒の真珠があった。それまで誰も見たことがないような大粒の真珠である。ふたつとも、エジプトの最後の女王であるクレオパトラの持ち物であった。女王は、その真珠を東方の最後の王たちから受け継いだのである。さてアントニウスが飽食に明け暮れていた頃、クレオパトラが女王らしい尊大な態度で目の前の料理をけなしたことがあった。その言い方があまりに挑発的だったので、アントニウスは、このテーブルの料理より素晴らしいものがあるものかと言った。するとクレオパトラは、私ならただ一度の夕食で1000万セステルティウス(注:一国の領地を買えるほどの価値)を使ってみせましょう、と答えた。アントニウスは、そんなことが可能だとは信じられなかったが、ほんとうにできるのなら見てみたいと思った。そこで、ふたりは賭けをした。翌日、クレオパトラはアントニウスの前に豪華な夕食を運ばせた。・・・だが、豪華であると言っても、その食事は普段と変わりなかった。アントニウスは軽蔑したような顔をし、いくらかかったのかと尋ねた。クレオパトラは、『これは前菜にすぎませんわ。夕食は約束した額になりますわよ。私一人で1000万セステルティウス分食べるでしょう』と答えた。そして、用意した物を持ってくるよう、給仕の者に命じた。ところが給仕たちが運んできたのは、酢の入った器ひとつきりだった。その酢は、真珠を溶かすほどきつかった。クレオパトラは耳に手をやると、例の素晴らしい真珠――自然が造り出した、この世にまたとない美しい真珠の耳飾りを外した。アントニウスは、女王が何をするつもりなのか固唾をのんで見守った。クレオパトラは台座から真珠を外すと器に落とし、真珠が溶けるのを待って中身を飲み干した。」

 このエピソードも、クレオパトラの浪費癖というより、その知性を駆使してローマの実力者アントニウスを手玉に取ろうとしたクレオパトラの野心を表わしているように思う。

 (ティエポロ「クレオパトラの晩餐会」メルボルン ヴィクトリア国立美術館)部分

(ティエポロ「クレオパトラの晩餐会」メルボルン ヴィクトリア国立美術館)

(ヘラルト・デ・ライレッセ「クレオパトラの晩餐会」アムステルダム国立美術館)

(ヤーコブ・ヨルダーンス「クレオパトラの晩餐会」エルミタージュ美術館)

(ヤン・ステーン「クレオパトラの晩餐会」個人蔵)

(ヤン・ステーン「クレオパトラの晩餐会」ライデン・コレクション)

もう一つの真珠も飲み干そうとして制止される(プリニウスは審判者が制止したと書いているが、ここではアントニウスが制止している)

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