キリスト教の教え6 イエスの誕生②
聖霊によって神の子を身ごもる、という天使のお告げを「お言葉どおり、この身に成りますように。」とこたえた信仰篤きマリアといえども、不安がなかったわけはないだろう。親類のエリザベトを訪ねる。天使から「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。」と聞かされていたからだ。エリザベトを訪問する、と言ってもそれは簡単なことではなかった。マリアが住むナザレからエリザベトが住むユダの町まではおそらく100キロ以上離れていた(どの町かは不明のようだが、エルサレム西郊外エン・カレムに「訪問教会」が建てられている。ナザレとユダの中心地エルサレムは直線距離で約100キロ離れている)。しかも途中、ユダヤ人に反感を持っているサマリア人が住むサマリア地方を通らなければならない。盗賊に会う危険もあった。それでもマリアが出発したのは天使の言葉を信じたから、神の行いを信じたから。
マリアがエリザベトを訪れたときどんなことが起きたか(「ルカによる福音書」1章)。
「マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。『あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。』」
マリアの信仰を知るには、エリザベトの夫ザカリアと比較すると分かりやすい。ザカリアも天使から洗礼者ヨハネの誕生を予告された。
「『ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。・・・』」
ザカリアがマリアと違ったのはこの後発した言葉。
「『何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。』」
マリアも最初は『どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。』と言う。だが聖霊によって身ごもると天使に告げられ『お言葉どおり、この身に成りますように。』と答えた。ザカリアのように、言葉だけでなくしるしを求めるようなことをしなかった。しるしを求めたザカリアはどうなったか。
「天使は答えた。『わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。』」
他方エリザベトから『主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。』と言われたマリアは主を讃えて言う。有名な『マリアの賛歌』(マニフィカト)だ。
『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも 目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も わたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、 わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、 主を畏れる者に及びます。・・・』
音楽では、「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ《マニフィカト》ニ長調BWV.243」、絵画では「ボッティチェッリ「マニフィカトの聖母」ウフィツィ美術館」が有名だ。
(バッハ 《 マニフィカト 》 ニ長調BWV.243 2 )
(ボッティチェッリ「マニフィカトの聖母」ウフィツィ美術館)
(ラファエロ「マリアのエリザベツ訪問」プラド美術館)
(「訪問教会」エン・カレム エルサレム西郊外)
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