ナポレオンをめぐる女たち⑧ ジョゼフィーヌ4
ナポレオンの弱点の一つは、惚れた女性に対して、現実にその女性がどういう女性であるかということよりも、自分が抱いている好ましいイメージを相手の女性に当てはめてしまい、現実と理想の区別がつかなくなってしまうという点。もちろんこれは男性、特に若いころの男性には共通して見られるが、ナポレオンの場合は特にその傾向が強かった。それはジョゼフィーヌに宛てた手紙がよく物語っている(その熱烈なラブレターは4カ月で123通にも及んだ)。彼はジョゼフィーヌについての悪いうわさにも耳を貸さない。
ようやく彼女とイッポリト・シャルルとの浮気、裏切りを確信するに至ったのは、第一次イタリア遠征の後のエジプト遠征中のこと。ナポレオンはこのときジョゼフィーヌの連れ子であるウジェーヌを副官として伴ってきていたが、彼にジョゼフィーヌ宛に問責の手紙を書かせる。しかし、なんとこの手紙を積んだ船がイギリスの軍艦に捕らえら、その手紙はイギリスの新聞に公開されてしまったのだ。大恥をかいたナポレオンの怒りは爆発する。 フランスの情勢を知り、クーデタも視野に入れ、ナポレオンはひそかにエジプトを脱出しフランスに戻る。離婚も決意しパリに急行する。その頃、ジョゼフィーヌはけがの治療のためパリを離れて療養していたが、他から雑音が入る前にナポレオンに会って詫びたいと、こちらもパリへ急行する。ジョゼフィーヌは、この頃になってやっと、自分の夫が並の男ではないことに気づくようになっていた。
しかし、先に自宅に到着したのはナポレオン。嵐のような一夜だったが、妻が留守と知ったナポレオンは、彼女の家財道具をすべて家の外に放り出し、ドアに鍵をかけて部屋に閉じこもってしまった。遅れて帰宅したジョゼフィーヌは、ドアに取りすがり、泣きながら詫びを入れる、雨に打たれながら何度も何度も。しかし何の応えもない。息子のウジェーヌと娘のオルタンスも哀願。何時間もたって、ようやくドアが開きナポレオンが姿をあらわした。彼も目を真っ赤に泣きはらしていた。
この事件を契機に、ジョゼフィーヌはそれまでの浮ついた生き方を完全に変える。ただひたすらナポレオンのために生きるようになる。彼女はもともと頭のいい女性。特に、人を動かす能力にたけていた。相手が何を考えているのか、この人とこの人を仲良くさせるにはどういうふうにもっていけばいいか。それはナポレオンに欠けている点でもあった。ジョゼフィーヌは、全身全霊を打ち込んでナポレオンに尽くすようになり、抜群に有能な妻、「最高のあげまん」になっていく。 ナポレオンはフランス革命後の混乱を収拾し、フランス社会を安定化させていくことになるが、そのためには革命前の古い社会と革命後の新しい社会を融合させる必要があった。しかし、ナポレオンは革命前の貴族社会についてほとんど知識を持たない。ところが、ボアルネ子爵と結婚し、別居後も社交界で生きてきたジョゼフィーヌは古い貴族社会を熟知していた。彼女は、古い貴族とも付き合えるし、過激なジャコバン派とも付き合えるという、幅の広い人当たりのいい女性として、ナポレオンの政権基盤を固めるうえで大いなる貢献をしていくのである。
(ジェローム 「スフィンクス前のナポレオン」)
(エジプト遠征 ルート)
(フランソワ・ルイ・ジョセフ・ヴァトー「ピラミッドの戦い」)
(ジャン・レオン・ジェローム「カイロのナポレオン」)
(グロ「ジョゼフィーヌ」)
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