ナポレオンをめぐる女たち⑦ ジョゼフィーヌ3

 イタリア戦役での連戦連勝の報、続々と到着するおびただしい敵旗。パリは沸き返っていた。人びとはナポレオンが熱烈に夫人を愛していることを知っており、その愛が勝利をもたらしていると考えた。そのためジョゼフィーヌはこう呼ばれた。「勝利の聖母」。しかし、毎日送られてくる手紙にも、周囲の賞賛にもジョゼフィーヌはほとんど関心を示さない。ナポレオンからどれだけ激しく熱い息を吹きかけられようと、彼女の心は少しも燃え立たない。ただおかしいだけ。やがておかしくもなくなりうんざりしてくる。そして、なんと友人たちに手紙を読ませてしまう。それだけじゃない。美男の伊達男シャルル中尉と浮気までする。だから「早くイタリアに来てくれ」というナポレオンの呼びかけにもなかなか応じようとしない。

 しびれをきらしたナポレオンはどうしたか。戦線離脱してまでもパリに戻ってきそうな様子を見せる。これには政府首脳はあわてる。せっかくのイタリアでの快進撃が水の泡になりかねない。そこで政府首脳はジョゼフィーヌの説得に乗り出す。そこまでされたら彼女も「行きます」と言わざるを得ない。しかし、なんとあきれるようなこんな交換条件をつけた。浮気相手のシャルル中尉をイタリア戦線に配属替えすること、イタリアまでの道中もシャルルと同じ馬車に乗ること、ホテルの部屋は隣同士にすること。イタリアに着いてからもジョゼフィーヌは、ナポレオンと会うことよりシャルルと逢うことの方を優先させた。ある時など、戦いの合間をぬって久しぶりに会いに来たナポレオンとの約束をすっぽかしてしまう。その直後のナポレオンの手紙がなんともいじらしい。

「僕は君に予定を変更してもらおうとは少しも思っていないし、君のために開かれるパーティーにもそのまま出るがいい。僕は君をわずらわすに値しないし、愛してもいない人間の幸不幸など気遣うことはない。・・・君だけを愛すること、君を幸せにすること、君を困らせることは何ひとつしないこと、これが僕の運命であり、僕の人生の目的だ。・・・君の心をつかむだけの魅力が僕に与えられていないのなら、それは僕が悪いのだ。けれども、僕はジョゼフィーヌから一目置かれ、尊敬され、同情されるには値していると思っている。僕はジョゼフィーヌを狂おしいほどに愛しているし、しかも、愛しているのはジョゼフィーヌだけだ。・・・」

 こんな手紙を受け取ってジョゼフィーヌはどうしたか。やはりはなかなかもどらず、結局ナポレオンは彼女に会えないまま傷心の想いで前線へと戻っていった。

 ジョゼフィーヌのこんな態度は現在の我々の感覚からすると理解し難く、腹立たしささえおぼえるかもしれないが、それなりの事情もあった。ジョゼフィーヌの前夫は、アレクサンドル・ド・ボアルネ子爵。貴族の結婚では最も重要とされたのは家名と財産を守ること。だから子供が出来て家名が残ることがはっきりすれば、愛人をつくろうと自由。夫が妻に惚れたり、妻が夫に惚れたりするのは「育ちが悪い」ということにすらなっていた。実際、マルチニック島出身のジョゼフィーヌは夫に惚れてしまったため、夫から貴族社会の風習を心得ない田舎娘と疎んじられ、それが別居につながった。その後、彼女は貴婦人としての修業を積み、貴族世界の価値観に染まっていく。パリの貴族社会とは全く無縁の世界に育ったナポレオンとは、最初からその結婚観がまるで違っていたのだ。

 (オーラス・ヴェルネ「アルコレ橋を渡るナポレオン」)

(1796年~1797年 第一次イタリア遠征)

(アルコレ橋の戦い)

(アンリ・フェリックス・エマニュエル・フィリッポトー「リヴォリの戦い」)

ジョゼフィーヌのことで思い悩みながらも、ナポレオンは快進撃を続けた

(1797年7月26日 収奪品のパリ到着の祝典)

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