「万能人レオナルド」①都市計画者

  宗教画の中でも特に印象的なのが「聖セバスティアヌスの殉教」。柱に縛り付けられ、体中に矢を射られる姿で描かれることが多い。ルネサンス期にも多く描かれたが、それは人々を恐怖に陥れたペスト(黒死病)の守護聖人だったからだ。なぜそうなったのか。

 彼はキリスト教が迫害されていた時代(3世紀)にローマ皇帝ディオクレティアヌスの親衛隊に属していながら密かにキリスト教を信仰していた。あるとき二人のキリスト教徒が処刑されることになった。セバスティアヌスは彼らを励ましたためキリスト教徒であることが露見。そこで皇帝はセバスティアヌスを杭に縛り付け、彼に矢を射かけるよう兵士らに命じた。彼の体には無数の矢が刺さったが、奇跡により死なず、かえって皇帝を説得しようとした(結局、皇帝の命で殴打され殉教)。このように、いくら矢を射られても死ななかったため、ペスト感染しても死なないことと重ねられ(矢の傷跡はペストによって皮膚に現れる症状とよく似ていた)、ペストからの守護聖人にされたのだ。

 レオナルドがミラノに移住した2年後の1484年にもペストが大流行。当時、人口20万人のミラノで5万人以上が死亡。しかし、ペストの流行に対する対策と言っても、おまじないに毛が生えた程度のこと。教会の鐘を激しく打ち鳴らす、空砲をうつ(騒音で撃退)、牛角や硫黄を燃やす(悪臭で空気を浄化。あまりの臭さに、雀が屋根から落ちてくることもあった!)、奇跡を起こす聖人像(この代表が聖セバスティアヌス)に祈る、など。ミラノ宮廷につかえていたレオナルドにも対策が依頼。彼はどのような方法を考えたのか。「都市整備に関する手稿」の中で次のように書いている。

「山羊の群れのごとく囲いの中でひしめき合い、あたり一面を悪臭で満たし、ペストの温床となるようなあの膨大な人間の過密を分散させねばならぬ」

 レオナルドの構想はこうだ。

①上下二重の道路の建設  上の道路:貴人用  下の道路:荷車、下層の人間用

②道路の構造  中央を高くして両側へ傾斜させ、その端に溝や穴を作って雨水や泥水をそこから排出

③下水の建設  住民の便所や厩舎の排泄物、残飯などを下水に流し、それを運河、河、海に流し込む

 結局、実現には至らなかったが、レオナルドは総合的都市計画の最初の立案者だったのだ。精神分析学者のフロイトが評する通りだ。

  「レオナルドは、ほかの人が皆まだ寝ているのに、闇の中で早すぎる目覚めをした人のようなものだ」

 ところで、セバスティアヌスは美しい男性の裸体を描く格好の口実であった。ローマの親衛隊であった彼の肉体は美しく鍛え上げられていたと思われるからだ。そして、時代が進むにつれてそのセクシーな肉体を強調し、表情も恍惚感をもったものに描く、ゲイ・シンボル化のような作品も生まれた。

( ポッライオーロ「聖セバスティアヌスの殉教」ロンドン ナショナル・ギャラリー)

(マンテーニャ「聖セバスティアヌスの殉教」ルーヴル美術館)

(マンテーニャ「聖セバスティアヌスの殉教」ウィーン美術史美術館)

(ペストの流行 フィレンツェ)

(レオナルドの都市計画)デッサン

(レオナルドの都市計画) 模型

(ブロンズィーノ「聖セバスティアヌスの殉教」ティッセン・ボルネミッサ美術館)

(グイド・レーニ「聖セバスティアヌスの殉教」カピトリーニ美術館)

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