「ルネサンスが求めた美」

 「ルネサンス Renaissance」とは、「再生」、「復活」を意味するフランス語だが、もともとはミケランジェロの弟子でもあったジョルジョ・ヴァザーリがその著書『美術家列伝』の中で用いた「rinascita」 という用語から来ている。そして「rinascita」は「rinascere(「ri」再び+「nascere」生まれる)の名詞形。では、何が再び生まれたのか?それは古代ギリシア・ローマの芸術・思想である。ヴァザーリは、ギリシア・ローマの古代芸術を美の基本と考えていた。では、この古代の美の理想とは一体何か?それは「ほんものらしさ」つまり自然をありのままに、生きているように把握し、その結果芸術品がまるで生きているかのように真実に見えることである。しかし、これだけでは不十分。ありのままでも醜いものは排除される。つまり真実であることに加えて、理想的な比例が求められる。真実でありかつ理想的な比例、均衡を持っていること、それが古代の美の理想である。したがって、これを再生、復興しようとしたルネサンス様式の特徴はこうなる。ゴシック様式と比較して説明している若桑みどりの文章(『世界の都市の物語 フィレンツェ』)を引用する。

「ゴシック的様式は、まず背景が抽象的で二次元的であること(黄金地の背景はこの典型)、色彩が鮮やかな輝く調子で描かれていること、形態が量ではなく強い輪郭線で決定されていること、人体に立体感がなく比例が長いこと、画面に空間が感じられず、したがって明暗を感じさせる光線が落ちていないこと。顔は優美だが、型にはまっていて人間らしい卑俗さや生きた感情がみえないことである。いっぽう、ルネサンス様式はすべてその反対の特徴を持っている。空間と立体が感じられ、色彩には明暗と空気による濁りがあり、比例は八頭身から七頭身で、表情はいきいきとしている。」

 このことを具体的に、4つの「受胎告知」画で見てみよう。

①ピエトロ・カヴァリーニ「受胎告知」1291年 ローマ サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会

 マリアは現実には存在しないような巨大できらびやかな玉座につき、まばゆい金地の背景とあいまって、幻想的で厳かな雰囲気を作り出している。当時はまだ、想像もつかないような別世界での出来事として描くことによって、敬虔な信仰心を喚起するように意図されている。

 ②シモーネ・マルティーニ「受胎告知」1333年 フィレンツェ ウフィツィ美術館

 画面は豪華な金地で覆われ、まるで異次元の空間のようである。しかしマリアは露骨に迷惑そうな表情を浮かべており、感情表現の豊かさはルネサンス様式と共通する。

 ③フラ・アンジェリコ「受胎告知」1440年代 フィレンツェ サン・マルコ教会

 空間を日常的にする最大の工夫が「遠近法」だが、建物は遠近法に従って描かれている。その建物はこの修道院の中庭の柱廊そっくりであり、またマリアが座っているのも丸い木椅子で、衣服もまるで近所に住んでいるつましい家庭婦人か修道女のようである。この絵を見る人々は、自分が立っている空間の延長上に絵画空間があり、そこで繰り広げられている物語に感情移入できる。ただし、聖人を示す光輪など中世的要素も残している。

④レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」1473年 フィレンツェ ウフィツィ美術館

 遠近法で把握された広大な自然空間で、神も鳩も光線も光輪もなく、自然光の中、白昼に天使がマリアを訪れている受胎告知という神秘劇が現実の事件にかわっているように描かれている。フィレンツェ派ルネサンスの本質を最もよく示しているとされる受胎告知画である。 

(ピエトロ・カヴァリーニ「受胎告知」)

(シモーネ・マルティーニ「受胎告知」)

(フラ・アンジェリコ「受胎告知」)

(レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」)





 

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