「泥より出でて泥に染まらぬ蓮」①
梅雨の花が紫陽花なら、梅雨が明け、夏の陽光が大地に届くようになった頃、天に向かって花を開き始めるのが蓮。 昔から、「蓮の花は泥より出でて泥に染まらず」などと言われ、「沈着」、「雄弁」、「清らかな心」などの花言葉をもつ高潔な印象の花。映画『男はつらいよ』の主題歌(歌:渥美清 作詞:星野哲郎 作曲:山本直純)でもこう歌われている。
「どぶに落ちても根のあるやつは蓮(はちす)の花と咲く」
*「はちす」は果実が蜂巣状をなすところからの「はす」の別名。
加賀千代女の有名な俳句もある。
「蓮白しもとより水は澄まねども」
これらに共通する蓮のイメージは、仏教に由来。仏教で、花といえば蓮の花(「蓮華」れんげ)。 蓮の花の上に仏様が座られていたり、仏像の下の台座が蓮の花だったりするが、それは阿弥陀経(あみだきょう)において極楽には蓮の華が咲いていると説かれているから。
「池の中に蓮華あり、大きさ車輪の如し」(阿弥陀経)
そして極楽往生できる人の心の特徴を、蓮の花の5つの特徴になぞらえて「蓮華の五徳(れんげのごとく)」と説いている。その一番目が「淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)」。淤泥とは、淤も泥も泥田ということで、泥田に咲きながら泥に染まらぬきれいな花を咲かせる蓮の花を人間の心の在り方として教えている。また「蓮」が入った四字熟語と言えば「一蓮托生」。「事の善悪にかかわらず仲間として行動や運命をともにすること」の意だが、「よい行いをした者は極楽浄土に往生して、同じ蓮の花の上に身を託し生まれ変わること」から転じた言葉だ。
ところで江戸の蓮の名所と言えば不忍池。池一面に濃い緑の葉がおおいつくし、大きな蓮の花が咲き誇る様子は幻想的。この池についてではないが、池をおおいつくす蓮の葉の様子を西行も詠っている。
「おのづから月やどるべきひまもなく 池に蓮(はちす)の花咲きにけり」
不忍池をつくったのは天海上人。天海は、京都の比叡山延暦寺を江戸に移すという発想のもとに寛永寺を造営したが、琵琶湖になぞらえて不忍池をつくった。そして、上野の山に吉野山の桜を移植するとともに不忍池は放生池にしてそこに紅白の蓮を植えた(現在は紅色の蓮、「紅蓮(ぐれん)」のみのようだが)。『江戸名所図会』には次のように書かれている。
「東叡山の西の麓にあり。江州琵琶湖に比す。不忍とは忍の岡に対しての名なり。広さ方十丁ばかり、池水深うして旱魃にも涸るることなし。ことに蓮多く、花の頃は紅白咲き乱れ、天女の宮居(みやい)はさながら蓮の上に湧出するがごとく、その芬芳(ふんぽう=よい香り)遠近の人の袂を襲ふ。」
今年は、6月中旬に咲き始めており、見ごろは例年より少し早い7月上旬~8月上旬頃になりそうだとのこと。
(揚州周延「不忍池」)
(菱川師宣「天女採蓮図」)
(広重「東都名所 上野不忍蓮池」)
(豊原国周「三十六花艸の内 蓮花 於七 河原崎国太郎」)
描かれている女性は八百屋お七。初めて心底愛した人にもう一度会いたいがために、 江戸の街に火を放って 火刑に処された少女。彼女が極楽に往生できるとは考え難いから、この絵でお七を囲んでいる蓮の花は、「紅蓮の炎」(蓮の花の形のように激しく燃える炎)を表わしているのだろうか。
(二代広重「三十六花撰 東京 不忍池蓮花」)
0コメント