「蛍に照らされる『玉鬘』」
蛍が登場する文学作品の名場面と言えば『源氏物語 第二十五帖 蛍』第四段。ストーリーはこうだ。
頭中将と夕顔の間に生まれた玉鬘は、夕顔の不慮の死の後、乳母ととも乳母の夫の転勤先の九州へ流れる。美しく成長した玉鬘は、乱暴もので有名な土着の豪族から熱心な求愛を受けるが、これを拒んで京へ逃げる。行く末を祈願するために訪れた長谷寺参詣の途上で偶然再会した右近(かつて夕顔の侍女だった)の紹介で源氏の養女として引き取られる事となる。
美しい玉鬘に言い寄る男たちの中に源氏の弟宮、蛍兵部卿宮がいた。熱心に玉鬘に恋文を送ってきてくる弟宮に、一計(いたずら)を案じた源氏は玉鬘に色よい返事を書かせた。喜び勇んで玉鬘の屋敷にやってきた弟宮。傍に近づくことができても、几帳に隔てられていて姿は見えない。源氏が隠れているとも知らず、几帳を隔てた玉鬘に向かって対座する。姿は見えないが、ゆかしい振る舞いや芳香に、弟宮は玉鬘をこの上なく上品で美しい女性と感じる。その時である。源氏は、薄物の几帳の垂たれを一枚だけ上へ上げたかと思うと集めて袋に隠し入れておいた蛍を一斉に解き放った。暗闇の中に突然飛び交う光の乱舞。あわてて扇で顔を隠す玉鬘。一瞬だけ目にした横顔は、息をのむほど妖しく美しい。弟宮は、源氏の思惑通りすっかりとりこになり、玉鬘への思慕の情をかき立てられる。燃えるような思いを玉鬘に告げる弟宮。
「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに 人の消(け)つには消(け)ゆるものかは」
(鳴く声も聞こえない蛍の光でさえ、人が消そうとしても消えないものなのに、 私の燃えるような恋心をどうして消すことができましょうか、いやできません、の意。「思ひ」の「ひ」という言葉に「火」と「(思)ひ」を掛けている)
これに対して、玉鬘は次の歌を返しさっさと奥に隠れてしまう。
「声はせで身をのみこがす蛍こそ 言ふよりまさる思ひなるらめ」
(声を立てないで身を焦がすばかりの蛍の方こそ、声に出して言ったあなたよりも、ずっと思いが深いのでしょうね、の意。ここでも、「思ひ」の「ひ」という言葉に「火」と「(思)ひ」が掛けられている) あなたよりも声に出さない蛍の方が思いが深いと玉鬘は冷たく切り返したのだ。
ところで、この玉鬘の返歌。『後拾遺和歌集』の源重之の歌から発想されたようだ。
「音もせでおもひにもゆる蛍こそ なく虫よりもあはれなりけり」
(声もたてないで、ひそかに激しい「思ひ」という火に燃える蛍こそ、声に出して鳴く虫よりも、あわれが深いというものだ。)
関連して、最後に大好きな都々逸をひとつ。
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ螢が身を焦がす」
(前田政雄「源氏物語 蛍)
(中沢弘光「源氏物語 蛍」)
豊原周延「千代田之大奥 ほたる」
(高橋弘明「蛍見舟」)
(徳力富吉郎「宇治川」)
(高橋弘明「蛍狩り」)
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