「ヴィーナス VS プシュケ」② 愛と魂の物語

 置き去りにされたプシュケは、エロスを探す旅に出る。一人ぼっちでのつらく苦しい遍歴。エロスはというと、ヴィーナスの宮殿の寝室に閉じ込められ、右肩に負った火傷の治療を受けていた。

 ヴィーナスは猛烈に怒っていた。息子のエロスが、自分の命令に背いて、憎いプシュケをこっそり妻にしたうえ、そのプシュケのせいで火傷まで負わされたと知ったからだ。プシュケを見つけ出し、徹底的に痛めつけないことには気が済まない。なかなか見つからないプシュケを探し出すため、こんな布告まで出す。

「プシュケの居場所をヴィーナスに教えたものは誰でも、美の女神自身の唇による接吻を7回受けられ、その上さらに、どんな蜜より甘い彼女の舌先にも、一度は触れることを許されるだろう」

 世界中の男たちは熱狂し、夢中になってプシュケを探し回る。プシュケは、ヴィーナスの追及を逃れながらエロスを探し続けるが見つけられない。エロスはヴィーナスのもとにいるのでは、と考えたプシュケはヴィーナスの罰を受けることを覚悟して自らヴィーナスのもとに出頭する。

 プシュケを見たヴィーナスはどうしたか。怒り狂い、罵声を浴びせ、衣服を引き裂き、髪の毛を引きむしり、殴りつける。侍女たちにも鞭で打たせ、あれこれ拷問を加えさせる。死んだようにぐったりしているプシュケ。さらにヴィーナスは追い打ちをかけるように克服不可能と思える難題を課す。  

①「山のように積み上げられたあらゆる種類の穀物を、一粒残らず種類別に、日が暮れるまでに選別しなさい」

②「凶暴な野生の羊たちの黄金の羊毛を集めて持ってきなさい」

③「恐ろしい竜がすむ断崖絶壁の山頂の泉から、水を汲んで持ってきなさい」

④「小箱を持って、地下の死者の国へ行き、死者の国の女王ペルセポネの美しさを分けてもらって持ち帰りなさい」

 どれもプシュケひとりではとてもやり遂げられない難題。しかし、いずれの場合にも協力者が現れ、解決してくれる。しかし、最後の難題をクリアーして地上に戻ってくる帰路の事。プシュケは箱の中身をどうしても見たくなる。今のやつれた姿のままではエロスに嫌われてしまう、そんな女心からつい、美しさを少しだけ分けてもらおうと箱を開けてしまう。ところが中に入っていたのは「眠り」。彼女はたちまちのうちに眠りに襲われ倒れてしまう。

 しかしそのとき、やけどの傷が癒えたエロスが飛んできた。彼女を眠りから覚ますと、エロスはゼウスのもとへ行き、二人の結婚を認めてほしいと直訴。ゼウスはオリンポスに神々を集めて、婚宴を張ってプシュケに不死の酒ネクタルを飲ませ、神々の仲間入りをさせた。ここに至ってヴィーナスも怒りをおさめ、プシュケと和解し嫁として迎えたのである。  

 ところで「プシュケ Psyche」はギリシア語で「魂」の意味(英語読みは「サイキ」。「サイコロジー psychology」の語源)。もともと人間の魂は神々と一緒に天上で暮らしていたが、自らおかした失敗のために地上に落ち、肉体の牢獄に閉じ込められた。しかし、天上の暮らしの幸福が忘れられず、失敗を償う努力をせずにはいられない。それを続ければ、「魂」はやがて死後、肉体という牢獄から解放されて、神々のもとへ帰ることができる。プシュケの冒険談はそうした教えに基づいて作られた話。つまり、「愛」(クピド)と「魂(精神)」(プシュケ)が一体となって結ばれる象徴的物語。それにしても、見るなと言われても、不安にかられてエロスの正体を見てしまうプシュケ、開けるなと言われても、美しさが欲しくて箱を開けてしまうプシュケ。人間の弱さを嫌と云うほど見せつけてくれる物語だ。

(ラファエロ ジュリオロマーノ「クピドとプシュケの結婚」ヴィラ・ファルネジーナ)

オリュンポスに集められた神々。プシュケは左端でヘルメス(メルクリウス)からネクタルをすすめられている。

(ウジェーヌ・エルネスト・イルマシェ「冥界のプシュケ」ヴィクトリア国立美術館 メルボルン)

(シャルル・ジョセフ・ナトワール「プロセルピナと会うプシュケ」ロサンゼルス郡美術館)

(ウォーターハウス「黄金の箱を開けるプシュケ」)

(ヴァン・ダイク「アモールとプシュケ」ロイヤル・コレクション)

眠りに落ちたプシュケのもとにかけつけるエロス(クピド)

(アントニア・カノーヴェ「クピドのキスで目覚めるプシュケ」ルーヴル美術館)

(フランソワ ジェラール「キューピッドとプシュケ」ルーヴル美術館)

永遠に結ばれる愛と魂の姿。プシュケのうつろな表情が気になる。


0コメント

  • 1000 / 1000