「ユリウス・カエサル ~リーダーの条件~」③

 歴史上の優れた指導者を見ていて感じるのは、彼ら(彼女たち)の中では、本来なら対立しかねない価値観が矛盾なく共存していることだ。寛容さと非情さ、大胆さと繊細さ、自由と紀律、迷信に捉われない合理性と神々の声に耳を傾ける謙虚さ。カエサルを見ていてもそのことをだれよりも強く感じる。

 冷徹なリアリストのカエサルは、迷信だけでなく何かに捉われ縛られて、目的への集中を妨げられることはなかったが、「私は神々から守られている」と幾度となく口にした。美の女神の末裔であることを誇った。紀元前69年、カエサルの父方の伯母ユリアが亡くなったとき、カエサルは次のような追悼演説を行った。伯母ユリアは、母方の家系をたどれば王家につながり、父方をたどれば不死の神々につながる、と。つまり、伯母の生家であり自分の生家であるユリウス一門は、たどっていけば美の女神ウェヌス(ヴィーナス)にも達すると言ったのだ。 話はトロヤ戦争にまでさかのぼる。

 ユリウス氏は、トロヤの英雄アエネイアスの息子アスカニオスに始まるとされるが、そのアエネイアスは父アンキセスが女神ウェヌスと交わって生まれた子。当然トロヤ戦争でもウェヌスはトロヤを応援してギリシャ軍とたたかった。トロヤが木馬の策略で陥落したとき、アエネイアス一家は流転の末、イタリアにたどり着き、中部イタリアのラティウムに都市を築いた。さらにアエネイアスの死後、息子のアスカニオスはアルバ山の山麓にアルバ・ロンガを築く。そして、ローマを建設したロムルスはアルバ・ロンガ王家の王女と軍神マルスが交わって生まれた子ども。要するにカエサルは、伯母の追悼演説でユリウス家は美の女神ウェヌスとも軍神マルスともつながる名門の一族だということを人々に語ることで、伯母を称えながら、カエサル自身の血統を誇る政治的デモンストレーションを行ったのだ。

 カエサルのこと、あらゆる機会を自身の権力獲得につなげたことは間違いない。しかし、本気で自分がウェヌスやマルスに守られていると信じていた、信じようとしていたように感じる。あまりに無防備で、あまりに敵に寛容だったのも(そのために最後は暗殺されたが)、それでも自分は死なない、生かされると信じていたような高貴さをカエサルからは感じる。

(カヴァネル 「ヴィーナスの誕生」 オルセー美術館)

(アングル「泡から生まれるヴィーナス」シャンティイ コンデ美術館)

(モンス・デジデリオ「トロイア炎上」)左下に父アンキセスを背負うアエネイアス、その先に息子アスカニオスが描かれている。

(フェデリコ・バロッチ「トロイアから逃亡するアイネイアス一家」 ボルゲーゼ美術館)

(ベルニーニ「アエネイアス、アンキセス、アスカニウス」 ボルゲーゼ美術館)

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