「退職」

  昨年秋に退職を決め、退職後の生活の準備を始め、あわただしい生活を過ごし、過去を振り返るより将来を思い描くことに時間を多く費やしてきた数カ月だった。それでも、最後の授業、離任式でのあいさつで何を話そうか頭を悩ませながら、自分が大切にしていることについて25年間を振り返り考えてきた。離任式では、直前まで迷ったが、結局は話したことは二つ。一つは、広尾のフレンチ「アラジン」の川崎シェフのFBから拝借させていただいた言葉。

     「生きれば生きるほど幸せになる。はず」

 短い言葉でありながら、その言葉の理解が人生経験とともに深まっていくような言葉を考えていて決めた。もう一つは、平昌オリンピックのカーリング女子のサード吉田知那美選手がメダル獲得が決まった後のインタビューで語った言葉。

     「悪いこともいいことも、プレッシャーも緊張も、全ての感情が人生の最高を更新した

     『濃いゲーム』だった」

 幸せとは何か、を生徒たちがイメージしやすい表現で伝えたかった。自分が求める幸福観(「心から笑ったり喜んだり、心から悲しんだり泣いたりできるようになること」)を話すことで、今の自分を超えてチャレンジすることへの勇気を伝えたかった。求め続ける限り、悩み、苦しむこと、しかしそれを通過しなければ大きな喜びは生まれないことをわかりやすく語りたかった。 離任式が行われたのは視聴覚室。いつもそこで授業をしていた。公開講座もそこで毎年やってきた。どんなに嫌なこと、不快なことがあっても、一人でそこにいると気持ちが落ち着いた。自分にとってのホームグランド。世田谷工業高校、総合工科高校をあわせて19年間この敷地で働いた。担任を6年、生活指導主任を5年、教務主任を10年やった。2011年3月11日、校舎が眼がおかしくなったかと疑うくらい激しく横揺れしていたのを職員室からなすすべもなく眺めていた。いろいろあったけど、やっぱり大きかったのは人との出会い。生徒、同僚。やっぱり人が好きなんだと思う。傷つけられること、不快な気分にさせられることも多いけど、喜びや希望を与えてくれるのもひと。本や映画、絵画も自分の人生にとって不可欠だけど、影響を与えてくれたひと、自分を育ててくれたひとももちろん大切だけど、今、同じ時間、空間を共有し、同じ空気を吸って生きているひと、生きてきた人が何ものにも代えがたい生きてる手応え、充実感、感情の満足の源。

 さて、何から新しいスタートをきるか。読みたい本、とりだめした番組、訪れたい場所。山ほどあるが、まずは部屋の整理。それから、五感をフルに使って時間、季節を全身で味わうこと。性格上、すぐに走りだしたくなってしまいそうだけど、人生の新たなステージをじっくり、ゆっくり歩んでいきたい。

(鈴藤勇次郎 「咸臨丸難航の図」)万延元年(1860)の咸臨丸渡米渡航を描いた図

  なぜかこの絵が浮かんだ。勝海舟は艦長としてこのちっぽけな船で太平洋を渡った。

(勝海舟)サンフランシスコで撮った写真

(勝海舟の墓)「海舟」の二文字のみ。世間の常識や地位など眼中になかった勝らしい。

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