「絵画の戦力化」
第二次イタリア遠征時に有名なアルプス越えを敢行したナポレオンを描いた絵と言えば、ダヴィッド作「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」。画面いっぱいに、前足を挙げて逸る白馬にまたがったナポレオンの雄姿が描かれている。しかし、これは事実に反した絵なのだ。実際のアルプス越えは悪路に強いラバで行われたと記録に残っている。事実を反映しているのはドラロッシュ作「アルプスを越えるボナパルト」。しかし、この絵では英雄ナポレオンのイメージを民衆に植え付けることはできない。ダヴィッドはナポレオンの意向に沿って作為的な理想化を施したのだ。
ところで、皇帝ナポレオン1世の戴冠式はどのように行われたかご存じだろうか。場所はパリのノートル・ダム大聖堂。では、皇帝の冠を授けた人物は誰か?実はナポレオン自身なのだ。ダヴィッド作「戴冠式のための習作」のイメージだ。ナポレオンは、ローマ教皇から冠を授けられるのを拒否することで、教皇の権限を最小化する(それは、当時まだ多数いた反教権主義者への配慮にもとづく)とともに、自らの力(国民の支持)によって帝位につくというナポレオンの自負を人々に示したかった。しかし、ナポレオンはダヴィッドの習作を拒絶した。なぜか。ダヴィッドの習作通りでは、国民の支持なしに勝手に皇帝になったかのような滑稽なイメージになってしまうと感じたからだ。そこでナポレオンがジョゼフィーヌに冠を授ける場面を描かせたのだ。だから、この絵は「ナポレオンの戴冠式」ではなく「ジョゼフィーヌの戴冠」の場面を描いた絵なのだ。祝福を与える教皇をわきに置いて、冠を授けるナポレオンの姿を強調し、彼こそが権威の源であることを人々にイメージ化させる絵に仕上がった。ナポレオンは絵画も戦力化した。
(ダヴィッド 「ナポレオンの戴冠式」ルーヴル美術館 )部分
(ダヴィッド 「戴冠式のための習作」)
(ダヴィッド 「ナポレオンの戴冠式」ルーヴル美術館 )
(ポール・ドラロッシュ「アルプスを越えるボナパルト」)
(ダヴィッド「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」)
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