「現状がすべて」

 第一次イタリア遠征で国民的英雄となったナポレオンは、5万4千の兵からなる大艦隊を率いて、1798年5月、エジプト遠征に出発した。7月1日にアレクサンドリア近郊に上陸し、シブラキットの戦い(7月13日)、ピラミッドの戦い(7月21日、この時「兵士諸君、ピラミッドの上から4000年の歴史が諸君を見下ろしている!」と言って兵士を鼓舞したとされる)に勝利を収めた。ところが、8月2日衝撃的な報告を受ける。その前日、アブキール沖でネルソン率いるイギリス艦隊にフランス艦隊は壊滅させられた、という悲報だ。ナポレオンはエジプトを征服したものの、もはや艦隊はなく、地中海はイギリス艦隊に制圧されているため、エジプトに閉じ込められてしまったのだ。万事休す!しかし、こんな状況に置かれてもナポレオンは、わずか半日で立ち直る。そしてこう言ったそうだ。

「私の胸にはいつも、現状がすべてだという気持ちがあります。それ以外を考えても、望んでも、時間と労力の無駄だという気持ちが。だから自分が失ったもの、自分から欠け落ちていったものについては、ほとんど顧みません。現状がこうだからという理由で、感情に一線を引く。そして現実のみを直視していると、次に何をなすべきかは自ずとわかってくるのです。次への対策が立った瞬間に、私は痛手から回復しています」

 ナポレオンの強さの秘密はこのあたりにもありそうだ。逆に、多くの人々はないものねだりをしすぎて、何をなすべきかが不明に陥る。そして挽回のチャンスを逸する。 

(トーマス・ルーニー「アブキール湾の海戦」)

(ジャン・レオン・ジェローム「エジプトのナポレオン」)

(フランソワ=ルイ=ジョゼフ・ワトー「ピラミッドの戦い」)

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