「人間一生、物見遊山」

 2018年がスタート。昨日までと違う何か特別なことがあるわけでもないが、やっぱり何となく晴れがましい気分になる元旦。

 江戸の元旦風景。静寂そのものだったが、賑やかな場所が一か所だけあった。それは江戸城大手門周辺。新年のあいさつのため登城する大名やその家臣たち。「桔梗門」で下馬(げば)し、そこからは降りて歩いて入城する。大半の家来は、門前すなわち「下馬先」で待機。江戸城から主が戻ってくるまで、その「下馬先」で評判・噂話をして時間をつぶした。ここから生まれた言葉が「下馬評」。

 町人地は静まり返っていた。ところで、元日の朝起きてカラスの鳴き声が聞こえたらどんな気分になるだろう。この1年、何か不幸なことが起きるのでは、と不吉な予感がするだろうか。江戸時代は全く違った。元日の早朝に鳴くカラスは「初烏(はつがらす)」=「明烏(あけがらす)」と呼ばれ、その鳴き声は元日の到来を告げるめでたいものとされていた。

  (川柳) 「明烏元日ばかりはにくからず」 「元朝の烏鶴にもまさる声」

 早起きして初日の出を拝みに出かける江戸っ子もいた。名所の中でも特に人気だったのが深川洲崎。浮世絵にも数多く描かれている。特に印象的なのは国芳「東都名所 洲崎初日の出」。小さく描かれていて目を凝らさないとはっきり見えないが、海岸に集まった群衆は両手を挙げて、全身に初日の陽光を浴びようとしている。初日の出は、今年一年分の吉運をもたらしてくれると考えられたからだ。だから、こんな川柳も生まれる。   

  (川柳)「元日の塵はつまんで捨てられる」  

 せっかく初日からもらった吉運を逃がさないようにするためだ。陽光を浴びた後は、湯にも入らない(初湯は二日)し、掃除もしなかったようだ。ところで、元日の朝に初めて汲む水は「若水」。これを飲むと一年の邪気が払われるとされた。

  (川柳) 「元日の朝は酸っぱい茶を飲ませ」  

 これは、若水に黒豆・昆布・山椒の実・小梅を入れて煮出した「福茶」。これを飲むと、福を招き悪疫を去ると言われた。  

 今よりも格段に死が身近だった江戸時代。人々はあの手この手で、、邪気を払い吉を招き入れようとした。縁起かつぎをした。ただし、そこに悲壮感は感じられない。「人間一生、物見遊山」と考えていた江戸っ子たち。どこか楽しんでやっていたように思う。今年は年男。還暦。どんな1年になるか、いやどんな1年にしていくか。すべては自分次第。肩の力を抜いて、物見遊山の人生を楽しんでいきたい。

 「寐れば起、おきれば寐、喰ふて糞(ほこ)して快美(きをやり)て、死ぬるまで活きる命」

                         (平賀源内『痿陰(なえまら)隠逸伝』)

(国芳 「東都名所 洲崎初日の出」)

(『千代田御表』「正月元日諸侯登城桔梗下馬」)

「桔梗門」で下馬 し、ここからは馬から降りて歩いて入城

(「下馬先」での家来の様子)

(豊国「初日の出」)

飛んでいる鳥が「初烏」(はつがらす)

(豊国 「初日の出と烏船」)

こんな絵も描かれた。こんなおめでたい絵にカラスはどうもなじまないように感じてしまうのだが。

(鈴木春信 「若水汲み」)

ここにもカラスが描かれている

(国芳 「東都名所 洲崎初日の出」 部分)

天を仰ぎ、全身で朝陽を浴びようとする人々 

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