ベルニーニ、その驚異の表現力

 彫刻を見て鳥肌が立った経験は人生で2回だけ。最初は、フィレンツェのアカデミー美術館でミケランジェロの「ダビデ」を目にした時。2度目は、ローマのボルゲーゼ美術館で「アポロンとダフネ」を見た時。「これが本当に大理石で造られているのか」と思った。「アポロンとダフネ」の物語はこうだ。アポロンは、それまでデルポイの神託所を守護していた怪物ピュトンを得意の弓矢で射殺し、神託所の主となる。意気揚々のアポロンは、エロスに会い、彼の弓矢を見て「そんなおもちゃのような小さな弓ではなんの役にも立たないよ」とばかにしてしまう。怒ったエロスはアポロンに復讐する。どのようにしてか?アポロンが河の神の娘ダフネと一緒の時に、アポロンには黄金の矢(恋心を生む矢)、ダフネニは鉛の矢(恋を拒む矢)を射たのだ。ダフネを追いかけ求愛するアポロンとひたすら逃げまわるダフネ。河の岸辺に追い詰められ、逃げ場を失うダフネ。河の神である父に「 清い身のままでいられるよう、別の姿に変えてください」と懇願。その願いはかなえられる。やっとダフネに追いつくアポロン。しかしダフネはすでに月桂樹に変わりつつある。その瞬間を見事に視覚化したのがベルニーニ。17世紀を代表するイタリアの美術史家バルディヌッチはこの作品への反応をこう述べている。

 「それは全く想像を絶する作品であり、美術を熟知した者の眼にも、また全くの素人の眼にも、常

  に芸術の奇跡と映ったし、今後も映るであろうような作品である・・・奇跡が起こったかのよう

  にローマ中の人がそれを見に行った」。

 この時ベルニーニ27歳。晩年ベルニーニ自身「私は大理石をあたかもロウであるかのように扱うという困難を克服してきた」と語ったが、まさに超絶技巧と呼んでもいい技。同じくボルゲーゼ美術館にある「プロセルピナの掠奪」。こちらは、キューピット(エロス)に愛の矢を射られた冥界の王プルト(ハデス)がプロセルピナ(ペルセポネ)を誘拐する場面が主題。プルトの指がプロセルピナの肌に食い込む様子は、その見事さに言葉を失う。大理石でありながら女性の肉体を感じさせるベルニーニの驚嘆すべき表現力。やがてこの天才ベルニーニが、ローマを魅力あふれるバロック都市に変貌させていくのだ。

   「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのために生まれた」

 ガリレオに地動説を撤回させた教皇として有名なウルバヌス8世の言葉である。

「アポロンとダフネ」(ローマ  ボルゲーゼ美術館)


「プロセルピナの略奪」(ローマ ボルゲーゼ美術館)

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