ヴィーナスの魔力②
網に絡まれ身動き取れないヴィーナス(アフロディテ)とアレスを笑いものにしてやろうとヘパイストスは神々を呼ぶ。ところが男神たちから出た言葉は。「あんなふうに、アプロディテを抱けるなら、俺はもっと恥ずかしい目に遭ったっていいぞ」。神々ですらこうなんだ。人間のパリスが、3人の美の女神(ヘラ、アテナ、ヴィーナス)の中で最も美しいのは誰かと聞かれ、ヴィーナスを選んだのは当然だ(『パリスの審判』)。「最も美しい女神へ」と書かれた黄金のリンゴを受け取る見返りに3人が贈与を約束したものは、どれも男が求めてやまない欲望の一つであることは間違いなかったが。ヘラは、全アジアの支配権、アテナはあらゆる戦いにおける勝利と知恵、そしてヴィーナスは人間界で一番美しい女性。これだけだとヴィーナスの申し出の魅力が今一つ伝わらない。しかしこんなふうに言われて、心が動かない男がいるだろうか。「 世界を支配することよりも、すべての戦争に勝つことよりも、男にとって最大の喜びは、無上の快楽を味わわせてくれる美女を妻にして抱くことです。いま、人間たちの世界にこのアフロディテを生き写しにしたような美女がいて、スパルタの王メネラオスのお妃になっていることは、お前も知っているでしょう。そのリンゴをこのアフロディテにくれれば、あの世界一の美女ヘレネをお前の妻にしてさしあげましょう。そうすればお前は、まるで美の女神の私を抱いているような悦楽に昼も夜も酔いしれて暮らすことができるでしょう」パリスはヴィーナスに黄金のリンゴを差し出した。トロヤ戦争はここに始まる。そして英雄の時代が終わる。恐るべし、ヴィーナスの魔力。(絵はロセッティ「魔性のヴィーナス」、ルーベンス「パリスの審判」、ヘームスケルク「アプロディテとアレスの密会」)
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