「マリー・アントワネットとフランス」14 「ヴェルサイユ行進」

ルイ16世は、「封建的特権の廃止」宣言、「人権宣言」に問題点を指摘しつつも、議員たちの高飛車な要求に応じ、それら法令の「相対的な精神」を受け入れ「公告」する旨伝えた。国王の譲歩に満足した議会は、国王に拒否権を6年間認めることを可決した(国王に拒否権を与えるかどうかは、国民議会における大きな争点だった)。では、二つの宣言によって民衆の騒擾はおさまったのか?否である。1789年は豊作だったが、革命の混乱や大恐怖によって穀物流通が滞り、市場に穀物が出回っていなかったためである。また貴族の亡命によって、彼らにやとわれていた者たちが職にあぶれ、失業者があふれる。またマラーが革命の舞台に登場し、『人民の友』を創刊。急進的な立場で反革命分子への攻撃を展開し、民衆の行動を呼びかけた。

そんなおりもおり、ヴェルサイユで民衆の感情を逆なでするような出来事が起きる。10月1日、王が呼び寄せたフランドル連隊を歓迎する近衛兵による豪華な宴会がヴェルサイユで催された。宴のさなか、酒に酔った近衛兵たちが三色徽章を踏みにじり侮辱したというのだ。「国民議会を倒せ!」と叫ぶ者もいた、と伝えられる。台所を預かる女たちの堪忍袋の緒が切れた。この頃、パリではパンが不足しており、パン屋に行列して並んでもパンがなかなか手に入らなかった。家では腹をすかせた子どもたちが泣いている、まもなく厳しい冬もやってくる、ヴェルサイユでは反革命派の策動があるという。こんなことでは事態は悪化するばかり、王様に何とかしてもらおう。「ヴェルサイユへ」という叫びがあがる。マラーも「武装せよ」「ヴェルサイユへ進軍せよ」と訴えた。女性たちの「ヴェルサイユ行進」が始まる。

 1789年10月5日、8000人のパリの女性たちが18キロ離れたヴェルサイユに向かって雨の中、行進を開始した。国王と議会にパンを要求するためだ。彼女たちは、槍・剣・棍棒を手にし、三台の大砲まで引いていた。6時間かけて夕方5時ごろヴェルサイユに到着。そして大挙して国会の議場になだれ込む。女性たちの代表5人が宮殿内で国王と会見することになる。会談は和やかな雰囲気のうちに終始し、国王はパンと小麦をパリに届けることを彼女たちに約束した。また国王は、それまで留保していた封建的特権の廃止と人権宣言に関する法令にも署名した。

 夜の10時過ぎ、状況をコントロールするため女性たちの後を追ってパリを発った2万人の国民衛兵隊が、司令官ラファイエットに率いられて到着。かれらの後ろには武器を持った1万人以上の男たちも続いていた。ヴェルサイユ宮殿前の広場は、野宿する者たちであふれている。彼らは歌い、ふざけ、酒に酔っていたが、この夜は別段の混乱もなく過ぎた。

 しかし、翌日の早朝、理由らしい理由もなしに最悪の事態が起きる。デモ隊の何人かと近衛兵が喧嘩を始め、流血の暴力沙汰となった。群集の一部が鉈鎌(なたかま)や斧を持って宮殿内に侵入し、殺戮を始めた。兵士や近衛兵を追い詰められ、一人また一人と首を切り落とされた。彼らの最大の狙いはマリー。アントワネット。ある者は叫んだ。

「おれたちはあの女の首を切ってやる、心臓と肝臓をクリームで煮込んでやる!」

 秘密の通路のおかげで、国王、王妃をはじめとする王家の人々は全員が1か所に集まり、やがて大臣たちも加わった。聞こえてくる群集の叫び声。

「国王をパリに!」「オーストリア女を殺せ!」

ルイ16世は長い時間ラファイエットと話し合い、群衆の要求に応じてパリに行くことを決意。ルイはバルコニーに出て、群衆に姿を見せる。「国王万歳!」「パリへ!」の喚声。群集は王妃が姿を見せることも要求。群集をなだめるために必要、とラファイエットに懇願され、青ざめながらも尊厳を保ちつつバルコニーに登場するマリー・アントワネット。「王妃万歳!」の声がパラパラとあがった。国王が、子どもと大臣とともに再登場し最後の言葉としてこう述べた。

「友たちよ、余は妻や子供たちとともにパリに行く。余にとって最も大切なものを善良かつ忠実な臣民の手に委ねるのだ」

1789年10月5日 ヴェルサイユへ向かう女性ったち

1789年10月5日 ヴェルサイユへ向かう女性ったち

メアリー・エヴァンス「1789年10月5日ヴェルサイユ行進」

映画 「Un peuple et son roi」 1789年10月5日 ヴェルサイユへ向かう女たち

1789年10月5日国民議会の議場に乗り込んだ女性たち

1789年10月6日早朝 王妃の居室まで迫った群衆

1789年10月6日早朝 恐怖のおびえる国王一家

1789年10月6日 バルコニーに現れたマリー・アントワネット ラファイエットが手にキス

ジョゼフ・ボウズ「マラー」カルナヴァレ博物館

ジョゼフ・デジレ・クール「ラ・ファイエット」ヴェルサイユ宮殿

1789年10月1日 フランドル連隊を歓迎する宴会

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