「フィレンツェ・ルネサンスとコジモ・ディ・メディチ」9 コジモ・ディ・メディチ(2)追放

 コジモに着せられた罪科は政府転覆の陰謀、すなわち国家反逆罪。アルビッツィはこの大罪人を極刑にせよといきまき、何とか死刑の判決を出させようとして恫喝と買収を重ねたが、確たる証拠もないのにそこまで過激な処置をとるのは無理だったし、「正義の旗手」グアダーニはメディチから袖の下を掴まされて軟化していた。その上、メディチ銀行と関係の深かったローマ教皇庁やヴェネツィアなどからも、コジモ釈放を求める特使が派遣されてきた。また有名な傭兵隊長ニッコロ・ダ・トレンティーノが雇われ、軍を率いてフィレンツェ郊外で待機していた。

 10月3日、判決。コジモはパドヴァへ追放10年、従兄のアヴェラルドはナポリへ追放10年、弟ロレンツォはヴェネツィアへ追放5年、再び反逆を企てない保証金として2万フィオリーノを国庫に納めること。ただし、コジモの追放先はまもなくヴェネツィアに変更される。ヴェネツィア政府の強い働きかけがあったことはもちろんである。

 ところで、コジモは政府から召還を命じられたとき、なぜのこのこ出頭し逮捕されてしまったのか?リナルドが是が非でもコジモを葬り去ろうとしていること、そのために新政権を自派で固めていたこと、新政権がメディチ党に属する公証人ニッコロ・ティヌッチを捕らえ、拷問に掛けて、コジモが外国と通謀してフィレンツェに革命を起こそうとしていたという自白を引き出していることも把握していた。実際、メディチ党の幹部の多くが、危ないから出頭するなと忠告していたのだ。リナルドを中心とする寡頭派支配を打倒しようとしていたコジモはどのような思わくから危険な出頭という行動に出たのか?

「リナルドはすでに自派に武装させており、このままでは内戦になる。あらゆる戦争のうちで内戦ほど悲惨で、後始末の厄介なものはない。同胞同士、身内同士の殺し合いは、禍根をいつまでも残す。それに長引けば必ず外国が干渉する。両側がそれぞれ外国の力を借りて、それで勝ったとしても、市民の支持を得られず、「王朝」を開くなどまったく不可能になってしまう。コジモは最初から武装闘争など考えていなかったのだ。ここでの彼の戦術は、将棋にたとえていえば、相手に攻めさせて受けに回り、凌ぎきって指し切りに導くというものだ。どれだけ激しく攻められても、王将さえ詰まなければ、自然に駒得となり、勝利が転がり込んでくるだろう。」藤原道郎『メディチ家はなぜ栄えたか』講談社選書メチエ)

 逮捕監禁も、反逆罪での告発も、死刑にできないことも、正義の旗手が金で転びやすいことも、保証金をとられることも、すべてコジモの読み筋だったのだ。事実、対ルッカ戦争が終わった頃から、ことあるを期して、彼はメディチ系企業の資産を急速に分散している。ヴェネツィアやローマの支店、それに教会や修道院に動産の多くを移し、預金や債券や所有地を他人名義に変え、その上帳簿類や家計の費用は先祖伝来の聖遺物と一緒に保管してあるので、警察は教皇の許可がなければ手が出せない(なんと巧妙な手口!)。そして教皇エウゲニウス4世はヴェネツィア人で、メディチの「友人」のひとりである。

 監禁中に彼が真剣に恐れたのは、毒殺だけだった。最初は妻の実家バルディ家から食物を運ばせ、獄中の料理に手をつけなかったが、それが見つかると、牢番を手なづけて料理人の食べる分を半分分けてもらうことにした。追放にあたっても、フォレンツェを離れるまでは暗殺の危険はあるが、そこも判決時にこうきっちり釘を刺している。

「政府首脳の皆さん、あなた方は私の生命を助けると決定なさった。そうである以上、その生命が一部の邪悪な市民によって奪われることがないよう、十分に手を尽くされるべきでありましょう。・・・今この市庁舎前広場に武器を携えて私を狙っている連中がいるではありませんか。彼らが私を追って来ないよう処置してくださらなければなりません。もし私が彼らに殺されるようなことがあれば、私の苦痛は大したものではないでしょうが、あなた方の汚名は永遠に晴れないでしょうから。」

シニョーリア広場とヴェッキオ宮殿

フィレンツェ市庁舎「ヴェッキオ宮殿」 

 最頂部の鐘楼のすぐ下の部分が、重要な囚人を監禁するための「理髪室」で、コジモはここで監禁された

アンドレア・デル・カスターニョ「ニッコロ・ダ・トレンティーノ騎馬像」サンタ・マリア・デル・フィオーリ大聖堂 

 シエナに勝利した「サン・ロマーノの戦い」でフィレンツェ軍を率いた有名な傭兵隊長

教皇エウゲニウス4世

ジョルジョ・ヴァザーリ「フィレンツェに避難するためリヴォルノに降りるエウゲニウス4世」五百人広間天井 ヴェッキオ宮殿

クリストファノ・デル・アルティッシモ「コジモの妻コンテッシーナ」ピッティ宮殿 名門バルディ家出身

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