「2021春 京都・奈良の桜」5 桂離宮
桜が目的ではなかったが、4月6日初めて桂離宮を訪れた。これまで何度か予約を試みるも実現できずにいたが、コロナ禍で容易に予約できた。日本建築の最高峰と言われる桂離宮。広さ2万坪の敷地に広大な庭園が広がる。江戸時代の初め、宮家(皇族の八条宮)の別荘として建てられた。日本文化の本質を、「“簡潔”、“明確”、“清純”」にあるとしたドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880~1938)は、「桂離宮は、伊勢の外宮と共に、日本建築が生んだ世界標準の作品と称してさしつかえない」と述べているが、愛知県の尾張地方のその最西の町(津島市)で育ち、幼い頃より伊勢神宮(「お伊勢さん」)へは何度も足を運んでいたが、桂離宮は映像の世界でしか知らなかった。
桂離宮の魅力を語った外国人と言えばブルーノ・タウト。ジャポニズム全盛時代のなかで育ち、若い時から日本の美術に興味をもち日本へ憧れをもっていたが、1933年5月4日、念願の来日を果たす。そして翌日、桂離宮と出会い、日記にこう記した。
「泣きたくなるほど美しい」
タウトは翌年の5月にも桂離宮を訪れ、この二回目の桂離宮体験は、エッセイ『永遠なるもの』(Das Bleibende)に結晶する。
「私たちは今こそ真の日本を知り得たと思った。しかしここに繰り広げられている美は理解を絶する美、すなわち偉大な芸術のもつ美である。すぐれた芸術品に接するとき、涙はおのずから眼に溢れる。私たちはこの神秘にもたぐう謎のなかに、芸術の美は単なる形の美ではなくて、その背後に無限の思想と精神的連関との存することを看取せねばならない。(中略)私たちは暫くここに立ち尽くして、互いに話すべき言葉を知らなかった。」
今回の訪問で感じたのは、その簡潔さ、清純さはもちろんだが、もうひとつある。「バロック的」ということ。バロックというと、過剰な装飾のイメージが付きまとうが、それはあくまでバロックの一要素。本来バロックは、宗教改革に対する対抗宗教改革、カトリック宗教改革の中で生み出された芸術潮流。いかにして人々の信仰心を喚起するかを目的として生み出された様々な手法。だから、アンドレア・ポッツォが描いたサンティニャーツィオ教会の天井画もバロックなら、「静謐」という言葉がぴったりなカラヴァッジョの「聖パウロの回心」(ローマ サンタ・マリア・デル・ポポロ教会)も代表的なバロック絵画なのだ。
では、なぜおよそキリスト教と無関係な桂離宮が「バロック的」だと感じたのか。目的は異なるが、来客を驚かせ、楽しませるための様々な工夫が施されているからだ。例えば、いきなり眼の前に池の姿が展開するように、それまでは池をあえて隠す(樹木を植えて)とか、最初の休憩所の前にソテツという異国風の植物を植えて、珍しいものを好んだ当時の貴族を楽しませたり。「信仰心の喚起」と「もてなし」と目的は異なるが、その目的の効果を高めるために様々な工夫がなされているのは共通している。バロック建築の巨匠ベルニーニも、ローマへの巡礼者たちが、春麗の旅の最後の最後に、突然サン・ピエトロ大聖堂の偉容が眼前に現出する工夫を施した。
桂離宮 2021年4月6日
桂離宮 2021年4月6日
桂離宮 2021年4月6日
ブルーノ・タウト
アンドレア・ポッツォ「天井画」サンティニャーツィオ教会 ローマ
カラヴァッジョ「聖パウロの回心」サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂チェラージ礼拝堂
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