「ナポレオンを育てた母と妻」11 ジョゼフィーヌの改心

 ナポレオンの威光は高まるばかり。今や政府の最高実力者バラスでさえ、ナポレオンの顔色をうかがうようになる。ナポレオンも、自分にできないことは何ひとつない、という気がしてくる。しかし、自分の妻だけはどうにもできなかった。

 ナポレオンがイポリットの存在を知るのは妹のポリーヌの告げ口による。ポリーヌはナポレオンや母親から恋人との結婚を反対されていたが、ジョゼフィーヌからも恋人との仲を遠ざけようとされたことで、彼女に恨みを抱いていた(イポリットに言い寄ったが、全く相手にされなかったポリーヌが、その腹いせから二人の関係を暴露したという説もある)。それでもジョゼフィーヌはうまくごまかし、夫の目を盗んでイポリットとの逢引きを続ける。しかし、ポリーヌからジョゼフィーヌの浮気を知らされた長兄ジョゼフが調査に乗り出し、二人の密会の事実をつかむ。ナポレオンから問い詰められるジョゼフィーヌ。それでも知らぬ、存ぜぬで通し、怒ってみせ、泣いてみせ、最後には居直る。ナポレオンもジョゼフィーヌの涙には勝てない。結局、話はうやむやになってしまう。

 離婚の危機が決定的になるのは、エジプト遠征(1797年~1801年)中のこと。1798年7月3日、アブキールの港からエジプトに上陸したフランス軍は翌日には地中海岸の最重要都市アレクサンドリアを占領。そしてカイロに向けて苦しい行軍を続けていた。その頃である、ナポレオンが副官のジュノーから、妻の行状の一部始終を聞かされたのは。それまでは中傷だとして、どうしても妻の裏切りを信じようとしなかったナポレオンも、ジュノ―の詳細な説明を聞いては、やはり本当だったと思わざるを得なかった。1799年10月9日、ナポレオンは遠征軍をエジプトに置き去りにしたままフランスに帰ってくる。

10月10日、ジョゼフィーヌは当時政府の最高責任者の一人だったゴイエから、前日にナポレオンがエジプトから戻りニース近くのフレジュスに上陸したこと、早ければ5日ぐらいでパリにつくかもしれないことを聞かされる。呆然とするジョゼフィーヌ。彼女はナポレオンが離婚を考えていることを知っていた。ナポレオン帰国を知ったジョゼフィーヌは、すぐにナポレオンに会いに出発する。絶対に、夫の兄妹たちが自分よりも先に夫に会うことがあってはならない。ジョゼフィーヌを嫌うナポレオンの兄妹たちは、ナポレオンと離婚させようとあることないこと、夫に告げるに違いない。なんとしてでも自分が先に会い、夫の愛情を取り戻しておかなければならない。ジョゼフィーヌの計算では、リヨンで夫に会えるはずだった。しかし、リヨンに着いたジョゼフィーヌは、夫が前夜すでにリヨンを去り、パリに向かったことを知らされる。ショックで気を失いかけるジョゼフィーヌ。

 ナポレオンは、10月16日朝6時、ヴィクトワール通りの館に到着。そしてジョゼフィーヌの寝室に直行。しかし、ベッドは空だった。彼女はイポリットと一緒に違いない。もう騙されない、ジョゼフィーヌとは離婚だ!ナポレオンは、二度とジョゼフィーヌの顔を見ないですますために、彼女の持ち物をすべて家の外に運び出させた。ジョゼフィーヌが帰り着いたのは、10月18日の夜11時。門を開けて入ろうとするが、門番からナポレオンから入るのを禁じられていると告げられる。門番小屋の中にジョゼフィーヌの家財道具が積み上げられているのが目に入る。彼女は門番の制止を無視して家の中に入る。そしてナポレオンの寝室の前に行く。ノックしても反応はない。「あなた」と呼んでも返事はない。ドアには鍵。少しは私の話を聞いてくださいと哀願するジョゼフィーヌ。しかし、いくら言っても無駄だった。同行した、ウージェーヌとオルタンスも泣きながら頼む。明け方近くになって、ようやくドアが開いた。三人の涙の合唱にナポレオンは負けた。この後もイポリットと全く会わなくなったわけではないし、手紙のやりとりもあった。しかし、ジョゼフィーヌの恋多き女の時代は、この夜をもって終わる。この1か月後、ナポレオンはクーデターを起こしてフランスの統領となり、政治と軍事の支配権を掌握。ジョゼフィーヌはフランスのファーストレディとなる。

ロベール・ルフェーブル「ポーリーヌ・ボナパルト」ヴェルサイユ宮殿美術館

 好色で気まぐれな女性だったが、ナポレオン最愛の妹であり、彼女も兄を心から愛し、失脚後も兄のために奔走した

ロベール・ルフェーブル「ポーリーヌ・ボナパルト」ヴェルサイユ宮殿美術館

マリー=ギエルミーヌ・ブノワ「ポーリーヌ・ボナパルト」フォンテーヌブロー宮殿

アントニア・カノーヴァ「ポーリーヌ像」ボルゲーゼ美術館

アントワーヌ=ジャン・グロ「ピラミッドの戦い」

アントワーヌ=ジャン・グロ「ヤッファのペスト患者を見舞うナポレオン」ルーヴル美術館

フランソワ・ジェラール「皇后ジョゼフィーヌ」エルミタージュ美術館3

ドミニク・アングル「第一統領ナポレオン・ボナパルト」リエージュ クルティウス 美術館

0コメント

  • 1000 / 1000