「ナポレオンを育てた母と妻」３　コルシカ独立戦争とナポレオン誕生

　ナポレオンは子供の人格形成における母親の役割の重要性を端的にこう表現している。

「私の考えでは、ある子供の将来の立派な行為にせよよこしまな行為にせよ、全面的にその子の母親いかんによる」

　そして、自分の母親レティツィアについても次のように礼賛している。

「母はわたしの幼少時代から厳しい愛情を注いで、偉大なことしか考えないように気を配ってくれた」

「私がもし幸運に恵まれたとすれば、そして私が世の中のために役に立つようなことをしたとするならば、それはすべて母が私に、その原則的な態度というものを、しっかりと教えてくれたからだ」

「わたしの運命は、母による若き日の私の育て方のおかげである」

　そんなレティツィアの生まれ育ったコルシカ島は、紀元前の時代から様々な国がその領有を争ってきた。そして自分たちの島を支配しようとする国に対して頑強に抵抗するのがコルシカの伝統だった。13世紀以降、名目上は一貫してジェノヴァ共和国がコルシカを領有し続けてきた。島の住民の多くはイタリア系で、ナポレオンの先祖もイタリアからの移民だった。島ではイタリア語が話され、暮らしぶりもイタリア風だった。しかし、島の人びとの独立自尊の気風は強く、1729年12月から40年続いたコルシカ独立戦争に手を焼いたジェノヴァは、ついにコルシカの完全支配を諦めてフランスに売却してしまう。1868年5月15日、ナポレオンが生まれる1年3か月前のことだ。コルシカ人が黙って従うわけがない。自分たちに何の相談もなく祖国が売り渡されたことに怒り、とても勝ち目のない大国フランスに対して反乱を起こす。コルシカ独立運動の雄パスカル・パオリは武器を持って立ち上がるよう、檄をとばす。

「ある国民がこれほどひどい侮辱を受けたことは他に例を見ない！われわれを売り渡した政府もわれわれを買い上げた政府も、ともに罰しないでおくものか。これほどばかにした話があろうか？われわれは憎悪をもって答えようではないか！」

　この時、レティツィア17歳。14歳で結婚した彼女には、すでに4か月になる長男ジョセフがいた。やがて妊娠（ナポレオン）。それでもレティツィアは嵐のような戦乱の中、胎児を身ごもったまま夫に同行し馬にまたがって戦った。後にこう語っている。

「戦況を知るため、切り立った岩場の堅固な隠れ家から抜け出しては、現場まで偵察に行ったものです。弾丸が耳元をかすめたりもしましたが、少しも怖くはなかった。聖母様がお守りくださっていると信じていましたから」

　ナポレオンが生まれたのは、コルシカが降伏する3か月前。コルシカの人びとがフランス軍と戦いを繰り広げている真最中のことだった。後にナポレオンはパオリ宛の手紙（1789年5月）の中でこう記している。

「私は祖国が滅亡したときに生まれました。・・・かれら（フランス人たち）によって血の波の中に溺れ

　させられた自由の玉座、これが最初に私の目を打ったおぞましい光景でした。瀕死の人の叫び声、圧政に

　苦しむ人の呻き声、絶望の涙が、私が生まれてからずっと私の揺りかごを取り囲んでいました。 」

　1769年8月15日、アジャクシオはお祭り（8月15日はカトリックの聖母被昇天祭）だった。ノートル・ダム大聖堂でのミサに向かう群集の中に今にもお産という女性がいて、あたりの人の目をひきつけた。レティツィアだ。彼女はどんな犠牲を払ってでも、この聖母被昇天のミサに参列したかった。聖母マリアに祈願し、生まれてくる子をコルシカの《復讐者》にするために。大聖堂に到着したレティツィアは腰を下ろす。と、その瞬間、彼女は胎児が激しく動くのを感じた。義姉ジェルトリュードと急いで家に帰る。しかし寝室までたどり着けそうにない。迎えに走らせた産婆も間に合わない。サロンのかたい長椅子に寝かされたレティツィアは、義姉の手助けを受けて男児を出産。ナポレオンの誕生である。

「ナポレオン像」アウステルリッツ広場　アジャクシオ

「パスカル・パオリの銅像」モロザーリア　コルシカ

ジャン・バプティスト・イザベイ「レティツィア」

　コルシカで「天使のように美しい」と言われていた

ノートル・ダム大聖堂（ファサード　アジャクシオ

ノートル・ダム大聖堂（内部）　アジャクシオ

ティツィアーノ「聖母被昇天」サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂　ヴェネツィア

　代表的な「聖母被昇天」画の一枚。「聖母被昇天　 Assumption of Mary」）とはカトリック教会の用語で、聖母マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという信仰、あるいはその出来事を記念する祝日（8月15日）のこと

アンニーバレ・カラッチ「聖母被昇天」サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂　ローマ

　これも有名な「聖母被昇天」画