「ギリシア神話と名画」10 アポロンの恐ろしさ
アポロンはゼウスの意思を人間に知らせる予言の神でもある。デルポイはもともとガイアの神託所だったが、アポロンはそこで番人をしていたガイアの息子で凶暴な竜ピュトンを倒してこの神託所を自分のものとして、ゼウスの意思を伝える場所にした。
この時から人間は物事の真実や未来のことをアポロンが伝える神託によって教えられるようになった。こうして古代のギリシア人は、個人であれ国であれ、何か重要なことを決める際はデルポイに参拝して神託を受けるようになったのである。
デルポイの神殿の入口には「汝自身を知れ」という言葉が掲げられていた。これは「自分が人間であることをわきまえて、神との違いを忘れてはいけない」という意味である。アポロンは人間の思い上がりを許さず、おごりたかぶる者には矢を放って容赦なく殺し、大勢の人を罰する際には、無数の見えない矢で疫病を発生させるなど残忍な一面を持ち合わせていた。
アポロンの残忍さを示すエピソードといえば「アポロンとマルシュアスの音楽対決」だろう。ある日、半獣神シレノスのマルシュアスは、散歩中に落ちている笛を見つけた。これは女神アテナが発明(「アウロス」という二本管の木管楽器。アテナは工芸の神でもある)したものだったが、笛を吹くときに頬がふくらんで美貌が台無しになることを嫌って捨てたものだった。これを手にしたマルシュアスは、持ち前の器用さから、笛の扱い方を会得し、美しい音を奏でてニンフたちから喝采を浴びるようになる。
彼はいつしか自分こそが世界一の音楽家であり、自分の笛の音がアポロンの竪琴よりも素晴らしいと吹聴するまでになる。そして、音楽の神でもあるアポロンに技くらべを申し込む。アポロンは、ひとつの条件を付けてマルシュアスの申し出に応じる。その条件とは「買った者が負けた者を好きな目にあわせることができる」というもの。アポロンが奏でる竪琴の調べとマルシュアスの吹く笛の音は、それぞれに特色があり、優劣の判定をつけるのが難しいように思われた。ところがアポロンは、突然竪琴を上下さかさまに持ちかえ
、それまでと同じように美しい音楽を奏でてみせた。そしてマルシュアスにも「同じことをしてみせろ」と要求。しかし竪琴とは違い、笛をさかさまにして演奏することはできない。こうしてマルシュアスの負けが決まると、アポロンは彼を捕らえて松の木にぶら下げた。そしてなんと生きたまま彼の全身の皮をはがし、そのままさらしものにしたのである。
その場に居合わせた仲間の牧神サテュロスやニンフたちは、マルシュアスの苦しみを思い涙を流した。台地はその涙で濡れ、やがて泉となった。これが、フリュギア地方(現在のトルコ中西部)でもっとも水が澄んだマルシュアス川ができたいわれである。
【ホセ・デ・リベラ「マルシュアスの皮を剥ぐアポロン」国立カポディモンテ美術館 ナポリ】
勝負に負けたマルシュアスが地面に横たわり、アポロンがその皮を剥がそうとしている。罰を受けているマルシュアスの顔は苦悶に満ちており、いたって冷静な表情を浮かべるアポロンと対照的で、「聖」と「俗」を対比させている。またその背後に取り乱した牧神サテュロスたち(あまりの残酷さに顔を手で押さえ、直視できないでいる)を描くことで、アポロンが与えた刑罰の残酷さを強調している。
アポロンは、思い上がり、おごりたかぶってしまう者をもっとも嫌った。そのため、この絵画では「うぬぼれは転落をもたらす」ということを示唆してもいる。
神話ではマルシュアスの用いた楽器は二本の管のついた木管とされているが、ホセ・デ・リベラはそれを彼の時代の楽器バイオリンに置き換えて描いている。多くの画家は笛として描いているが、その形は多様である。
リベーラ「マルシュアスの皮を剥ぐアポロン」国立カポディモンテ美術館 ナポリ
ルカ・ジョルダーノ「マルシュアスの皮剝ぎ」国立カポディモンテ美術館 ナポリ
「アテナとマルシュアス」 「アウロス」(二本管の木管楽器)をアテナが捨てる
アウロスを吹くサテュロス
「アポロンとマルシュアスの音楽対決」アテネ国立美術館
ナイフを持つ男は、皮剥ぎの処刑役のスキュティア人
ペルジーノ「アポロンとマルシュアス」ルーヴル美術館
「吊るされたマルシュアス」ルーヴル美術館
「吊るされたマルシュアス」ワルシャワ王宮
マルシュアスの皮を剥ぐアポロン
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