「ギリシア神話と名画」11 アルテミス(ディアナ)の残忍さ

 ゼウスとレトの息子アポロンには双子の妹がいる。アルテミス。ローマの女神ディアナ(英語のダイアナ)にあたる。狩猟の女神であると同時に、非常に潔癖な処女神で、決して男性を受け入れようとしなかった。そして、潔癖症にありがちなようにアルテミスもアポロン同様、他者に厳しい面をもっていた。

 「熊に変えられたカリスト」の話は、アルテミスの潔癖さと残忍さをよく示している。カリスト(「最も美しい女」の意)はアルカディアの山岳地方のニンフ。彼女は身を飾ることや色恋にはまるで興味を示さず、いつまでも処女を守るとの誓いを立てて、アルテミスの侍女となり、女神の狩りに従っていた。そんなカリストだったが、ゼウスに愛されてアルカスを身ごもってしまう。しかし、とてもカリストに責任があったとは思えない。何しろゼウスは、カリストの主人であるアルテミスの姿を借りることで男性への警戒心の強いカリストに近づき、思いを遂げたのだから。しかしアルテミスはカリストを許さない。ある日のことアルテミスとニンフたちが一緒に水浴びをしているとき、女神はカリストが妊娠していることに気づく。怒ったアルテミスは、、恐ろしい呪いをかけ、カリストを熊の姿に変えてしまったのである。

 オウィディウス『変身物語』によると、カリストは熊にされた後も十数年間生き続ける。姿は熊であるため狩人たちからは獲物として狙われるが、心はもとの乙女のままであるため、他の熊たちも含めた野獣たちが怖くてならない、というみじめな思いを強いられる。その一方で彼女とゼウスの息子アルカスは立派に成人。ある時アルカスが狩りを行っていたところ、牝熊にであい、これを射殺そうとした。この熊はアルカスの母カリストであった。ゼウスはそれを憐れんで、カリストが射殺される前に二人を天にあげ、カリストを「おおぐま座」に、アルカスを「こぐま座」にしたという。

 狩人アクタイオンもアルテミスの犠牲となったひとり。アクタイオンは、ケンタウロスの神ケイロン(神や英雄の子を育てる有能な教育者)に育てられた。立派な狩人となったアクタイオンがある日、50頭の猟犬を連れ、キタイロンの山中で狩りをしていたとき、森の奥に泉の湧き出る洞窟を見つけた。彼はその泉の水で体を洗い、のどの渇きを癒そうと中へ足を踏み入れる。ところが、その泉はいつもアルテミスがニンフたちと水浴を楽しむ泉であり、ちょうどその時もアルテミスは一糸まとわぬ姿でいたのである。

 男に裸身をみられたと知ったアルテミスは激怒。体を震わせ「アルテミスの裸を見たと吹聴できるものならするがよい」と叫ぶと、アクタイオンに泉の水を浴びせかける。たちまちアクタイオンは牡鹿に変わり、人間の声を発せられなくなる。そして彼が連れていた猟犬の群れをその鹿にけしかけると、鹿となったアクタイオンは自分の猟犬に八つ裂きにされ、食い殺されてしまったのである。

 ところで、太宰治が『お伽草子』の中で、アルテミスについて鋭い指摘をしている。

「ギリシヤ神話には美しい女神がたくさん出て来るが、その中でも、ヴイナスを除いては、アルテミスという処女神が最も魅力ある女神とせられているようだ。ご承知のように、アルテミスは月の女神で、額には青白い三日月が輝き、そうして敏捷できかん気で、一口で言へばアポロンをそのまま女にしたような神である。そうして下界のおそろしい猛獣は全部この女神の家来である。けれども、その姿態は決して荒くれて岩乗な大女ではない。むしろ小柄で、ほつそりとして、手足も華奢で可愛く、ぞつとするほどあやしく美しい顔をしているが、しかし、ヴイナスのような「女らしさ」が無く、乳房も小さい。気にいらぬ者には平気で残酷な事をする。自分の水浴しているところを覗き見した男に、颯つと水をぶつかけて鹿にしてしまつた事さへある。水浴の姿をちらと見ただけでも、そんなに怒るのである。手なんか握られたら、どんなにひどい仕返しをするかわからない。こんな女に惚れたら、男は惨憺たる大恥辱を受けるにきまつている。けれども、男は、それも愚鈍の男ほど、こんな危険な女性に惚れ込み易いものである。さうして、その結果は、たいていきまつているのである。」

 まったく同感である。

フォンテーヌブロー派「狩人のディアーヌ」ルーヴル美術館

ブーシェ「水浴のディアナ」ルーヴル美術館

ルーベンス「ディアナの狩り」プラド美術館

ルーベンス「ディアナの狩り」

ブーシェ「ユピテルとカリスト」モスクワ プーシキン美術館 

 女神の姿でカリストーを欺すゼウス。鷲が描かれていることでゼウスとわかる。

ティツィアーノ「ディアナとカリスト」ウィーン美術史美術館

 水浴するアルテミスがカリストの妊娠に気づく場面

ティツィアーノ「ディアナとアクタイオン」ロンドン・ナショナル・ギャラリー

チェーザレ「ディアナとアクタイオン」ブダペスト国立西洋美術館

カゼルタ宮「ディアナとアクタイオンの噴水」

 自分の猟犬にかみ殺されるアクタイオン

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