「ギリシア神話と名画」9 少年愛
ゼウスをとりこにしたのは美女だけではない。ゼウスは美少年も大好きだった。なかでも、お気に入りだったのが、神々の宴席でゼウスの傍らに控えて、ネクタルという不死になる酒を杯に注ぐ役を任されているガニュメデス。彼は、トロヤの王子で、その愛くるしい姿は「この世で一番美しい少年」と称えられるほどだった。そんなガニュメデスはどのようにして天界に連れてこられたのか?
ある日、ガニュメデスが山で家畜の群れを放牧していたときのこと、ゼウスは空からその姿を見つけた。その愛らしい姿に魅せられたゼウスは、どうしてもガニュメデスを側へ置いておきたい衝動に駆られてしまう。ゼウスは大鷲に変身すると、ガニュメデスめがけて急降下。鋭い爪でガニュメデスを捕まえると、有無を言わさずそのまま天界へと連れ去ってしまった。そしてガニュメデスを不死とし、自分の愛人としたのである。なおこの神話は、古代ギリシアで同性愛を宗教的に認めるものとして人気を博した。
アポロンの愛もしばしば美少年に向けられたが、なかでもヒュアキントスとの恋物語がよく知られている。ヒュアキントスは、スパルタ近くのアミュクライの町に住む少年だった。活発で、類い稀なる美貌を持つこの少年をアポロンは心から愛し、ヒュアキントスのもとを訪れては、一緒に競技に興じた。ヒュアキントスもまた、アポロンを心から崇拝。二人は相思相愛だった。
ところが、これを面白く思わない者がいた。西風ゼフュロスである。彼もまたヒュアキントスに思いを寄せており、二人の仲に嫉妬心を燃やしていた。ある日、アポロンとヒュアキントスが円盤投げを楽しんでいたときのこと。アポロンが投げた円盤を、ヒュアキントスは夢中で走って受け取ろうとした。と、そのときである。二人の仲を妬んだゼフュロスが風を起こし、円盤の飛ぶ方向を変えてしまったのである。
円盤はヒュアキントスの額を直撃し、彼は血を流しながら倒れた。あわててアポロンはヒュアキントスのもとに駆け寄って抱き寄せたが、その命はすでに消えかかっていた。
「不死であることをやめて、一緒に冥界に行けたらいいのに。しかし、神であるがゆえ、それはかなわぬ。ヒュアキントスよ、私の記憶と唄の中で一緒に暮らそう。竪琴の音でお前をたたえ、私はお前の運命を唄おう。そして、ヒュアキントスよ、お前を私の嘆きを記した花にしてあげよう」。
アポロンは大声をあげて嘆き悲しんだ。そして大地に染み込んだヒュアキントスの血からは、ヒヤシンスの花が咲いた。
アポロンの恋愛に悲劇が多いのは、誰もが憧れるような美貌を持っていると同時に、とても怖い神でもあったため、彼に愛されるのは喜びであるよりも恐ろしいことだという考えが人々にあったためだと思われる。
【コレッジョ「ガニュメデスの略奪」ウィーン美術史美術館】
大きな黒い大鷲が翼を広げ、ガニュメデスをさらう。ゼウスの両脚はガニュメデスの衣服を掴み、両翼を広げて天高く舞い上がろうとしている。ガニュメデスはまだあどけなさの残る少年として描かれ、地上に落下しまいと鷲の翼にしがみついている。ゼウスとともに飛翔する彼の足は大地から離れ、地上ではガニュメデスの牧羊犬が主人を追いかけようとして跳び上がっている。一見、荒々しい略奪のシーンに見えるが、大鷲は舌でガニュメデスの腕を優しくなで、ガニュメデスの心を落ち着かせようとしている。ここに、ゼウスのガニュメデスへの愛を感じることができる。
【ジャン・ブロック「ヒュアキントスの死」サントクロワ美術館 ポワチエ】
アポロンもヒュアキントスも滑らかな肌としなやかなラインを持つ、美少女のように描かれている。ヒュアキントスは息絶えようとしているというよりは、愛の絶頂の弛緩状態のように見え、芸術とポルノの境にあるような実にエロチックな絵画。アポロンの赤いスカーフがたなびいているのは西風ゼフィロスの存在を暗示するため。ヒュアキントスの足元には、死をもたらした黄金の円盤が描かれ、ヒヤシンスがアポロンの足元では白く、ヒュアキントスの足元では赤く咲いている。
アントン・ラファエル・メングス「ガニュメデスにキスするゼウス」 バルベリーニ宮殿 ローマ
コレッジオ「鷲に捕われるガニュメデス」
ルーベンス「ガニュメデスの誘拐」シュワルツェンベルク・コレクション
レンブラント「鷲に捕われるガニュメデス」 ドレスデン国立美術館
ガニュメデスはまだ赤ん坊
ギュスターブ・モロー「鷲に捕われるガニュメデス」個人蔵
ジャン・ブロック「ヒュアキントスの死」サントクロワ美術館 ポワチエ
ティエポロ「ヒュアキントスの死」ティッセン=ボルネミッサ美術館 マドリード
ティエポロは、円盤投げをルネサンス期に流行したテニスに置き換えている
ルイ・ド・ブローニュ「ヒュアキントスにリラの弾き方を教えるアポロン」ヴェルサイユ宮殿
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