「万の心を持つ男」シェイクスピア15『ヘンリー四世』④フォルスタッフ(2)

 シェイクスピア劇でフォルスタッフが登場するのは『ヘンリー四世・第一部』、『ヘンリー四世・第二部』、『ウィンザーの陽気な女房たち』。『ヘンリー五世』では、その小姓や子分たちが登場して話題にされるが本人は姿を現わさない。この、年のころは60に近く、胴回りは2メートル近い巨大な太鼓腹の老人は、金と勇気はさかさに振っても出てこないし、酒好き女好き悪い事ならなんでも好き、といった男でありながら、不思議に誰からも愛されている。『ヘンリー四世』をご覧になったエリザベス女王もいたくお気に召し、「今度はフォルスタッフに恋をさせよ」とお命じになったので、シェイクスピアが二週間で書き上げたのが『ウィンザーの陽気な女房たち』だ、という伝説まであるぐらいだ。

 多くの絵画に描かれているのが『ヘンリー四世・第一部』第二幕第四場。ロンドン、イーストチープの居酒屋「ボアズ・ヘッド(野猪の頭亭)」の場面。フォルスタッフらが旅人を追いはぎした直後、変装したハル王子とポインズによってその金を手もなくまきあげられる。仲間に加わることを約束していた王子らが現れなかったうえ、奪った金をまきあげられてフォルスタッフは怒りを王子とポインズにぶつける。

「フォルスタッフ 腰抜けめ、全員疫病で死んじまえ。

 王子      どうしたんだ?

 フォルスタッフ どうしたんだ?ここにいる俺たち4人で、今朝、1千ポンドかっぱらった。

 王子      金はどこだ、ジャック?どこにある?

 フォルスタッフ どこにある?かっぱらわれた。相手は100人、こっちは哀れ4人だ。」

 もちろん、これは大嘘。100人どころか、王子とポインズの2人だけだから。この後も、どれだけ勇敢に戦ったのか嘘をつきまくるが王子にこう言われる。

「俺たち2人は見たんだよ、お前ら4人が旅人4人を襲って縛り上げ、金を巻き上げるのを。・・・それにしてもフォルスタッフ、お前よくその図体抱えてあんなに早く、あんなに鮮やかに逃げたな、「助けてくれ」と吠えながら走り続け、また吠えて、まるで雄の子牛だった。」

 それでもフォルスタッフはめげずにこう言ってのける。

「誓って言うが、あれがお前だってことは、お前の造り主同様俺にも分かっていた。まあ聞け、諸君、いやしくもこの俺が王位継承者を殺すなんてことをしていいのか?正真正銘の王子様を襲っていいのか?いや、諸君も知ってのとおり、俺はヘラクレスにも等しい勇士だ、だが恐るべきは本能。ライオンは真の王子には手を出さない。本能あなどるべからず。あのときの俺が臆病だったのは本能のおかげだ。俺は自分を褒めてやるね、お前さんを称えよう、この命あるかぎり――俺は勇敢なライオン、お前は真の王子だと。」

 この後、王の使いがやって来て、朝になったら宮廷に来るように王子に伝える。そこで、フォルスタッフが王の役になって、「申し開きの稽古」をすることになる。そこでも、フォルスタッフは「わしの息子であるそなたが、何ゆえ世間からこうまで後ろ指を指されておるのじゃ?恵み深い太陽の御子たるそなたが、怠けに怠け道草を食っていいものか?」と言ったあと「しかしながら、そなたの仲間の中にもわしがこれと目をつけた有徳の士がおる。あいにく名前を知らんのだが。」と語り、王子が「どんな男です、陛下?」と尋ねるとこう答える。呆れるまでの自画自賛。

「好男子だ、恰幅がよく、堂々たる体躯、晴れやかな顔つき、感じのいい目、そして気品ある立ち居振る舞い。歳は50かそこら、いや60になるかならないか。そうだ、思い出したぞ、名前はフォルスタッフだ。仮にあの男の身持ちが悪いなら、わしは人を見る目がないことになる、ハリー、あの男の顔には美徳が現れておるからな。もしも果実の善し悪しが木によって分かるがごとく、木の善し悪しがその果実によって分かるなら、わしは断言する。あのフォルスタッフには徳の高さがある。あの男を手放すな、ほかの者は追っ払ってしまえ。」

ヨハン・ハインリヒ・ランベルク「居酒屋「ボアーズ・ヘッド」で自らの冒険談を語るフォルスタッフ」フォルジャー・シェイクスピア・ライブラリー ワシントン

ジョージ・クリント「居酒屋「ボアーズ・ヘッド」で自らの冒険談を語るフォルスタッフ」

トーマス・ストーサード「居酒屋「ボアーズ・ヘッド」で自らの冒険談を語るフォルスタッフ」フォルジャー・シェイクスピア・ライブラリー ワシントン

エドゥアルト・グリュッツナー「フォルスタッフ」

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