「万の心を持つ男」シェイクスピア14『ヘンリー四世』③フォルスタッフ(1)

 同じ騎士でもホットスパーと対照的なのがフォルスタッフ。何しろ、戦場へ「お前も急げ」と言われても「戦場へはどんじりに、宴会へは真っ先に、これが怖じ気づいた兵士と食い気満々の客の常識だ。」と言ってのける男。「名誉」に対する考えもホットスパーとはまるで違う。ホットスパーにとって名誉は命より大事だったが、フォルスタッフにとってはこうなる。

「いざとなって名誉の剣を突き立てられたらどうする?どうする?名誉に、折れた脚の骨接ぎができるか?できない。じゃあ、腕は?だめだ。傷の痛みを取れるか?取れない。じゃあ、名誉には外科医の腕もないのか?ない。名誉ってなんだ?言葉だ。名誉って言葉に何がある?名誉ってやつぁ何だ?空気だ。結構な結論だ。名誉の持ち主は誰だ?この水曜日に死んだやつ。そいつは名誉にさわれるか?さわれない。名誉が聞こえるか?聞こえない。じゃあ、名誉ってのは感じられないんだ。うん、死んだ奴にはな。じゃあ生きてるやつにとって名誉は生きてるのか?いいや、悪口が生かしておきゃしない。従って俺には関係ない。名誉なんて紋章つきのちゃちな盾にすぎん。以上、俺の教義問答はこれにて終了。」

 戦場で敵方の猛将ダグラスに襲いかかられると、コロッと倒れて死んだふり。ホットスパーと戦って倒した直後、ハル王子がそのフォルスタッフに気づく。

「おっと、昔なじみじゃないか!これほど大きな肉のかたまりでも小さな命をしまっておく余地はなかったのか?憐れなジャック、さようなら!お前よりましな男を亡くしても、こんなに辛くはないだろう・・・遺体を埋葬するためすぐに内臓をぬいてやる、それまで高潔なパーシーのそばで血まみれのまま寝ていてくれ。」

 ハル王子が去るとフォルスタッフはこう言う。

「畜生、さっきはな、死んだふりするしかなかったんだ。そうでもしなきゃ、あのスコットランドの暴れん坊にスコットやられて一巻の終わりだった。ふりをする?いや、嘘だ、俺は何かのふりをする偽物じゃない。そもそも死ぬってのは偽物になることだ。なんとなれば、人の命を無くした人間は、人間の偽物でしかないからな。しかし、人間、死んだふりをしてその結果生きるとなりゃ、偽物じゃない。本物の、完璧な命の姿だ。勇気の最良の部分は判断力にある。俺はその最良の部分を働かして自分の命を救ったんだ。」

 臆病ゆえに死んだふりをしておきながら、勇気の最良の部分の判断力を働かせることによって自分は命を守ったのだ、としゃあしゃあと言ってのけるフォルスタッフ。しかし、これだけで終わらない。褒賞を得ようとホットスパーの遺体を担いで王子の前に現れ、ホットスパーを殺したのは自分だ、「これで俺が伯爵か公爵になれるのは堅いな。」と言う。「ばか言え、パーシーを殺したのは俺だ、お前が死んでるのも見た。」と言う王子にこんなセリフを吐く。

「ほんとか?ああ、何と何と、いやな世の中だねえ、嘘がはびこってら!確かに俺はぶっ倒れてた、息も絶え絶えだった、認めるよ。だがこいつもそうだった。でもって俺たちは二人ともぱっと起き上がり、シュルーズベリーの時計の針がぐるぐる回るくらい長時間にわたって渡り合った。この話を信じるならそれでよし、信じないなら、武勲を立てた者に恩賞を授ける側が罪をしょって生きることになる。」

 あきれた王子もこう言うしかない。

「さあ、そのお荷物を堂々とおぶってついてこい。嘘が恩賞につながるなら、俺も言葉を尽くし、嘘の上塗りで口添えしてやる。」

 王子が去った後のフォルスタッフのセリフ。

「仰せのとおりついていって、褒美にありつこう。俺に褒美をくれるお方に神のご褒美がありますよう!重々しい身分になるなら目方は軽くしよう。下剤をかけてきれいな身になる、酒はやめる、貴族らしく清く正しく生きていく。」

映画「フォルスタッフ」1967年 主演:オーソン・ウェルズ

映画「フォルスタッフ」主演のオーソン・ウェルズ

エドゥアルト・グリュッツナー「フォルスタッフ」

ロバート・スマーク「ホットスパーの死体に攻撃しようとするフォルスタッフ」

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