「万の心を持つ男」シェイクスピア8『ヴェニスの商人』①

 シャイロックと言えば『ヴェニスの商人』に登場する有名なユダヤ人の高利貸し。親友バサーニオから富豪の娘ポーシャに求愛しに行くための資金援助を求められたが、あいにく全財産をあちこちの船に投資中だったため、シャイロックから三千ダカットを借りることにする。それまでシャイロックはアントーニオからユダヤ人であるがゆえに唾を吐きかけられるなど屈辱的な扱いを受けてきたにもかかわらず、無利子で貸そうと言う。ただし、期限までに返済できない場合はアントーニオの肉1ポンドを切り取るという条件を付けた。その後、アントーニオが投資していた船が1艘残らず難破し、金を返済できなくなったと知ったシャイロックはアントーニオの肉を求めて訴訟を起こす。

 まず公爵がシャイロックに「我々はみなお前の優しい答えを期待している。」と言うがシャイロックは「証文どおりの担保(すなわちアントーニオの肉1ポンド)を頂戴します。」と答え、なぜ三千ダカットの金より1ポンドの肉をほしがるのかをこう説明する。

「世間にはあんぐり口を開けた豚の丸焼きが好きでない者がいる、猫など見るだけで気が変になる者がいる、鼻声めいたバグパイプの音を聞いただけで小便をもらしそうになる者もいる・・・これと言った理由なんぞありゃしない・・・理由なんぞ言えやしません、言う気もない、しいて言えば、アントーニオへの根深い憎悪と嫌悪の情、それだけで損ときまった訴訟を起こした!」

 その後のバサーニオとシャイロックの有名なやりとり。

バサーニオ  答えになっていない、この冷血漢が、それでこの残忍なやり口に弁明をしたつもりか。

シャイロック あんたの気に入るような答えをする義理はないさ。

バサーニオ  気に入らないから殺す、それが人間のすることか?

シャイロック 憎いから殺したくなる、それが人間ってもんだろ?

 バサーニオから「お前の三千ダカットを六千にするんだぞ!」と言われても「受け取る気はない。証文どおりにしてもらおう」の一点張り。公爵が「人に慈悲を施してこそ、おのれも慈悲を望めるのではないか?」と言ってもこう答える。

「何の罪も犯していない私がどんな裁きを恐れましょう?・・・私がこの男に要求する1ポンドの肉は高い値段で買った私のもの、だから頂戴する。ならぬとおっしゃるなら、法律もくそもない!ヴェニスの法律は骨抜きだ。」

 そしてシャイロックは、ナイフを取り出すと、これ見よがしに靴の底で研ぎ始めた。それを見たバサーニオ、アントーニオ両者の友人グラシアーノはこうシャイロックに言う。

「靴の底でなく、お前の固い心の底で研げ、切れ味がよくなるぞ。だがな刃物も――首切り役人の斧でさえ――お前の研ぎ澄まされた執念の切れ味には及ばない。どんな哀訴嘆願もお前の胸には通らないのか?」

 「通らないね、あんたの知恵を絞ったくらいじゃ。」と言われたグラシアーノのセリフ。

「くそ、地獄に堕ちやがれ、犬畜生!・・・動物の霊魂が人間の体に入り込むというピタゴラスの説を信じたくなる。貴様の野良犬のような根性は狼に宿ってたんだ、そいつが人間を食い殺した罪で絞首刑になり――凶悪な魂は、絞首台から抜け出したその足で汚らわしいおふくろの腹の中でまだ眠っている貴様の中にもぐりこんだのだ。貴様の欲深さときたら血に飢えた貪欲な狼そっくりだからな。」

 公爵がこの裁きを依頼していたベラーリオ博士は病気のため出廷できず、かわりに男装したポーシャ(バサーニオと婚約したばかり)が担当。どのようにしてバサーニオのためにシャイロックから借金したアントーニオの命を救うのか?

『ヴェニスの商人』法廷でのシャイロックとポーシャ

『ヴェニスの商人』「法廷の場面」

エドゥアルト・フォン・グリュッツナー「シャイロック」個人蔵

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