「マルティン・ルターと宗教改革」5 「塔の体験」

 ルターの内面は、「塔の体験」によってすべてが変わったと言っていい。修道院に入って以来の、いやおそらくはその前から漠然とではあれずっと感じていた不安、混乱、苦しみが消えたのだ。「天国に入ったようだ」とさえルターは言っている。一体この「塔の体験」とは何だったのだろうか?「塔」とはヴィッテンベルクの修道院の中でルターが与えられた個室のあった塔。いつのできごとかは諸説ある。多くの学者は、限定されたある日ある時の体験(例えば「パウロの回心」)というよりも、ルターが聖書を研究していく中で成熟していった神認識の一連のプロセスではないか、と考えている。

 1507年、司祭に叙階されたルターは、修道院から特に神学の研究をすることを命じられ、聖書研究が本格的に始まる。そして1512年、神学博士(神学を学ぶ者の最高の学位)になると同時にヴィッテンベルク大学の聖書学の教授となる。最初に行った講義は、『旧約聖書』の「詩編」。次がパウロの「ローマの信徒への手紙」。講義のために全力で聖書を研究するする中で、ネックとなった聖句が出てくる。「神の義」という言葉だ。より直訳に近い口語訳ではこうだ。

「あなたの義をもってわたしをお助けください」(『旧約聖書』「詩編」31編1節)

 この言葉からは、「神の義」が、われわれ人間に解放、すなわち「救い」をもたらすものとして期待されていることが読み取られる。「神の義」と人間の「救い」とが、なぜ一つに結びつくのか?「神の義」を、「怒り」「裁き」「罰」との脈絡でとらえてきたルターにとって、この結びつきは矛盾であり、どうしても理解できなかった。ルターはこの矛盾を説くために必死に探究を続ける。そして、講義が第71編にまで進むに及んで、ルターは神の「義」について、まったく新しい認識に到達する。

  「あなたの義をもってわたしを助け、わたしを救い出してください」(『旧約聖書』「詩編」71編2節)

 ルターははこれを、「詩編の記者はここでキリストを明瞭に言い表している」と捉えた。「神の義」とは、神からの「恵み」であって、それはイエス・キリストという「贈り物」として人間に与えられるものである。したがって、「ローマの信徒への手紙」の中でパウロが、「神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる」(1章17節)と語ったように、「神の義」はイエス・キリストの福音として示される。その福音こそが、人間を解放し、救う。ルターは、「神の義」について、このように理解するようになった。以前の理解と比較して、江口再起が『ルターと宗教改革500年』の中で次のように整理している。

(ルターの以前の理解)

①神は義(ただ)しい。

②それゆえ神は人間にも義しく生きることを求める(「律法・戒律」)。

③それゆえ人間は神にこたえ、罰を恐れて「能動的」に善行に励まねばならない。

④しかし人間は完全ではない、多かれ少なかれ罪人である他ない。

⑤したがって私は罪人として地獄に落ちるに違いない。そういう「怒りの神」を私は愛することができない。

(ルターの新たな理解)

①神は義(ただ)しい。

②しかし神は人間が完全でなく罪人であるほかないことを知っているゆえに、むしろいとおしみ、自ら持っている義しさを人間に無償でプレゼントする(「恵み」、「福音」)。

③それゆえ人間は神にこたえ、その神がくださる義しさを「受動的」に受けとめ、いただけばよい。この受け入れるということが「信仰」である。

④つまり人間は完全でなく罪人であっても赦され救われるのである。

⑤というわけで神の前には天国の門が開いている。そういう「恵みの神」を私は信じる。

 これが「塔の体験」の中身である。それは、「神の恵み」を深く悟った体験だった。

フェルディナンド・パウエルス「聖書を研究するルター」 部分

ジョゼフ・ノエル・ペイトン「聖書を研究するルター」スコットランド国立美術館

「マルティン・ルター記念碑」ヴィッテンベルク

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