「マルティン・ルターと宗教改革」１「1517年10月31日」

「私には夢がある。それは、いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える』」というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である。

　私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。

　私には夢がある。それは、いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスに変身するという夢である。

　私には夢がある。それは、いつの日か、私の４人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。」

　これは、キング牧師が行った「I Have a Dream（私には夢がある）」という有名なスピーチの一節。1963年8月、20万人を超える人々がワシントンDCから連邦議会議事堂へと行進した（＝ワシントン大行進）。リンカーン大統領が奴隷解放宣言を行ってから100年目にあたる年で、人々は黒人差別の即時撤廃を求めていた。このワシントン大行進は、その後のアフリカ系アメリカ人の地位向上に寄与するが、昨今の諸事件が示すように黒人差別撤廃の道筋は未だ見えない。

　ところで、キング牧師の名前は「マーティン・ルーサー・キング、ジュニア」。父親と同じ名前のために「ジュニア」が付く。そして「マーティン・ルーサー」は父親がドイツの「マルティン・ルター」の生誕地を訪ねたことに由来している。では、マルティン・ルターとはどんな人物か？

　近代ヨーロッパ、とくに16世紀から17世紀のヨーロッパを理解する上で「宗教改革」の問題は避けて通れないが、このキリスト教の革新運動の中心人物となったのがマルティン・ルターである。宗教改革の開始は1517年とされるが、それはこの年の10月31日を起点に、5世紀から15世紀まで1000年間もの長いあいだ一つの教会として西欧社会を宗教的・精神的に支えてきた西方教会（カトリック教会）に亀裂が入り、ローマ・カトリック教会とプロテスタント諸教会とに分裂してしまったからである。一体1517年10月31日に何が起こったのか？

　この日、ドイツ中部ザクセン地方の町ヴィッテンベルクにある城教会の門の扉に、一枚の紙片が貼り出された。それは後に『95ヶ条の提題』と呼ばれることになった文書で、正確には「贖宥（しょくゆう）の効力を明らかにするための討論提題」。貼り出したのは、まったく無名のアウグスティヌス修道会の一修道士マルティン・ルター34歳。彼が呼びかけた討論会のテーマは「免罪符」について。「免罪」（正確には「贖宥」）とは罰の免除のことで、特に死後、煉獄（天国と地獄との間にある場所）で受ける罰の免除のこと。「免罪符」（正確には「贖宥状」）とはその免罪の証書で、教会が販売していた。教会には昔の聖者の功績が（貯金の残高のように）溜まっており（それは「教会の宝」と呼ばれる）、免罪符を購入するとその宝の一部がその人のものとなり、煉獄での苦しみから逃れることができるとされていた。マインツ大司教から免罪符の販売を委託されたドミニコ会修道士テッツェルは言葉巧みにこう語って免罪符を売りさばいていた。

「おまえたちの親がいま煉獄の業火で苦しんでいるぞ。助けてくれ、と。お前が免罪符を買ってこの箱の中に金貨1枚投げ込み、チャリンと音がすれば、親たちは天国に行けるのだ」

　民衆はこぞってこの免罪符を自分の死後のために、あるいは今、煉獄で苦しんでいるかもしれない亡き父母のためにも購入した。しかし、ルターはまさにこの免罪符のシステムに疑問を抱いたのだ。人びとが免罪を願うのは当然だし、亡き両親の煉獄での苦しみの軽減を願うのも当然。しかし、罪のゆるしが自分の力（つまり免罪符を買うといった自分の行為）で獲得できるのだろうか、神ならぬ人間に「罪のゆるし」などといったことをする力が果たしてあるのだろうか、と疑問、批判を投げかけたのである。例えば「27条」。

「箱の中へ投げ入れられた金が音を立てるや否や、魂が煉獄から飛び上がると言う人たちは、人間（のつくりごと）を宣べ伝えているのである」（『95ヶ条の提題』）

演説するキング牧師

1963年8月23日　キング牧師

1963年8月、ワシントン大行進にて、“I Have a Dream”の演説を行うキング

フェルディナンド・ポーウェル「ヴィッテンベルク城教会の門に95ヶ条の論題を貼り出すマルティン・ルター」

ヴィッテンベルク城教会の門扉　　「テーゼンの扉」と呼ばれている

　当時は木造だったが、実物は教会とともに戦禍で焼失したため、現在は扉を模した青銅板が貼られている