「日本の夏」1 紫陽花

 紫陽花の美しさが際立つ季節になった。

          「紫陽花に雫あつめて朝日かな」(加賀千代女)

 その美しさを幸田文はこんなふうに表現した(幸田文『回転どあ』講談社文芸文庫)。

「あじさいは、こんなに厚ぼったい花なのに、ちっとも暑くるしくなく、涼しい花なのは好もしい。いったい涼しげというのは、すっきりと或る鋭さを含んでいるとおもう。涼しげというのにはそうゆう強さがある。」

  集まる意の「あず」と、その色の「真藍(さあい)」が合わさって「あじさい」となったのが紫陽花の語源だが、別名「七変化」、「八仙花」と呼ばれる。白に始まって青、紫、淡紅と時とともにその色を変化させる。

          「紫陽花の末一色となりにけり」(一茶)

 正岡子規も紫陽花の色の変化を詠んでいる。

          「紫陽花や 赤に化けたる 雨上り」

          「紫陽花の 何に変るぞ 色の順」

 子規はさらに擬人化して、人の心の移ろいやすさと重ねている。

          「紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘」

 紫陽花と人の心と言えば萩原朔太郎の「こころ」((『純情小曲集』より))

          「こころをばなににたとへん

           こころはあぢさゐの花

           ももいろに咲く日はあれど

           うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。


           こころはまた夕闇の園生(そのお)のふきあげ

           音なき音のあゆむひびきに

           こころはひとつによりて悲しめども

           かなしめどもあるかひなしや


           ああこのこころをばなににたとへん。

           こころは二人の旅びと

           されど道づれのたえて物言ふことなければ

           わがこころはいつもかくさびしきなり。」

 花柳界では次から次に男を変えて行く女を「あじさい」と言う(「男」を変える=「イロ」を変える)ようだが、これを小説にしたのが永井荷風『紫陽花』。芸者君香(のち小園)と三味線弾き宗吉とのなれそめから始まる物語だが、君香の男性遍歴が延々と続いた後に、小園は宗吉の前の男である新内流しの〆蔵に刺殺されてしまう。

 ところで、紫陽花はフランス語でHortensia(オルタンシア)。そして日本にシャンソンブームを起こした女性歌手イベット・ジロー(Yvette Giraud)の代表曲が『Mademoiselle Hortensia マドモアゼル・オルタンシア』。彼女がこの曲を最初に歌ったのは、1945年暮れ、パリ解放に功のあった連合軍兵士たちの前だった。日本で「あじさい娘」というタイトルで日本語訳され、リズミカルで底抜けの明るさから日本でも大いに流行した。永井荷風のとらえた紫陽花のイメージとはまるで異なる。今年の紫陽花は、何を感じさせてくれるだろうか。

紫陽花の手水舎   柳谷観音 楊谷寺

手水鉢紫陽花 柳谷観音 楊谷寺

ジャン・ピエール・カシニョール「紫陽花」


ジャン・ピエール・カシニョール「紫陽花」

ジャン・ピエール・カシニョール「紫陽花」

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