「ジャガイモと世界史」②フランス1「ジャガイモとハンセン病」

 ヨーロッパでジャガイモに関する最初の記録が表れてくるのはスペインで、スペインにジャガイモがもたらされた時期は1570年前後とされる。1573年、セビリアのラ・サングレ病院で患者の食用に供された記録がある。16世紀末にはフランスにも伝わったようで、1600年にオリヴィエ・ド・セールが出版した『農業の概観と耕地の管理』の中でジャガイモはこう紹介されている。

「それはカルトゥフルと呼ばれる小灌木で、果実も同じ名を持つが、外見が似ていることからトリュフと呼ぶ人もいる。スイスからドフィーネ地方(フランス南東部。中心都市はグルノーブル。ジャガイモのグラタン「グラタン・ドフィノワ」はこの地方が起源)にもたらされたのは、つい最近のことである」

 ジャガイモ栽培は徐々にフランス各地に広がり1665年にはパリにも初めて姿を現す。しかしジャガイモに対する偏見は根強く、ジャガイモ栽培は容易に広がりをみせない。

「それらは、クリやニンジンに劣らず、滋養に富むが、鼓腸性で腹にガスがたまる。私の聞いているところでは、ブルゴーニュの人々は、現在、この塊茎の利用を止めてしまった。そのわけは、これを食べると癩病(ハンセン病)になると信じ込んでいるからである。」(1671年、植物学者C.ボーアン)

 ハンセン病は、当時最も恐れられていた病気の一つだった。ジャガイモを食べるとこのハンセン病にかかるのではないかという恐怖心は、ジャガイモの形に由来していた。当時のジャガイモは、現在のように丸くすべすべしておらず、芽の出る部分は深くくぼんでゴツゴツしているうえにいびつな形をしていた。つまり、当時の人々はジャガイモからハンセン病の後遺症を連想したのだ。また、原生種に近いジャガイモを生のまま食べて、強いアクにあたって湿疹を発症するものが絶えなかったことも、ジャガイモとハンセン病に関わる偏見を助長することになった。ある地域では、ジャガイモはハンセン病の原因であると認定して、食用を禁止する法律を制定したという。

 ジャガイモに対する偏見の背景はほかにもあるとされる。当時のヨーロッパ社会を支配していた聖書を原点とするキリスト教の教義だ。『旧約聖書』「レビ記11章」にこう書かれている。

「地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。・・・水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。しかしひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。」

 この記述に忠実に従うなら、豚はもちろん、ウナギ、タコ、イカ、カニ、貝は口にしてはいけないことになる。しかし、実際にはどうか。タコやイカのように限られた地域でしか食されてこなかったものもあるが、豚をはじめ様々に加工・調理され食されてきた。ジャガイモは聖書に記述がないから、という理由で、それを食べることは「エデンの園の禁断の実を食べるにも等しい、罪深い行為」とさえ考えられていたのだろうか。イエスもこう言っていたではないか(『新約聖書』「マルコによる福音書7章」)。

「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」

「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。」

 ジャガイモへの偏見は、聖書に記述がないということ以上に、その形とともに栽培方法に原因があったように思う。ジャガイモは地表に出てこないで、地中で肥大する。それだけなら在来の作物の中にあったニンジンやカブと違いはない。しかし、ニンジンやカブは種をまいて栽培する。この点では、地上に実るムギと同じ仲間。他方、ジャガイモは種子をまくのではなく、イモ自身を地中に埋めて地中で増殖させる。このように、当時としては夢にも思いつかない方法で栽培すること、そして掘り出されたジャガイモの形がハンセン病の後遺症を連想させたこと、そして実際に食したものに湿疹が出たり、病気になったりしたこと。これらが、度重なる飢饉の中でもジャガイモ栽培がなかなか普及しなかった原因のように思う。この状況をフランスで変えたのは、国王でも皇帝でもない一人の農学者。その名はアントワーヌ・パルマンティエ。

ピサロ「ジャガイモの収穫」

ミレー「ジャガイモの収穫」ボルチモア ウォルターズ美術館


様々な色と形のジャガイモ(ペルー)

ジャガイモ(ソラヌム・トゥベロースム種) これが世界中で広く栽培されるに至った

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