ギリシア神話の支配者5 ガイア⑤

 ガイアは最後の手段として、冥界タルタロスと交わり、最強、最悪の怪物テュポンを産み出す。この怪物、立つと頭が天に触れ、両腕を広げると一方の手は東の端、もう一方の手は西の端に届くほど巨大。上半身は人間、しかし肩からは蛇の頭が百本生え、腰から下はとぐろを巻く大蛇の姿で全身に羽が生えている。このテュポンが火を噴き、燃えさかる巨岩を投げながら天に向かって突進してくると、ゼウス以外の神々はみな肝を潰してオリュンポスから逃げ出してしまう。単身でこの怪物と戦わざるを得なくなったゼウス。一度は手足の腱を切り取られ、岩屋に閉じ込められ、絶体絶命の窮地に陥ったが、大泥棒の才能を持ったヘルメスに救い出される。そして反撃を開始し、最強の武器ケラウノス(雷霆)でテュポンを追いつめる。最後は、シチリア島であるものを投げつけて身動きできなくさせた。それがエトナ山。もちろんテュポンは神なので不死。死ぬことなくずっと火を吐き続けている。そのため、エトナ山は今も火と溶岩を噴出しているのだと言われている。

 こうして、ガイアが最後に産んだ最強の怪物テュポンも倒されたことで、ガイアもついに諦めた。ゼウスは祖父のウラノスや父のクロノスと違い、ガイアでも交代させることのできない神々の王であることが明らかとなったのである。 それまで世界を実際に支配していたのはガイア。ウラノスもクロノスもガイアが支配者の地位につけ、ガイアの意に逆らったためガイアによって支配者の地位を奪われた。しかし、この繰り返しはゼウスの勝利によってはっきり終止符が打たれた。ガイアもゼウスから神々の王の地位を奪うことが不可能であることを覚り、彼の無敵の力を認めた。こうしてゼウスはオリュンポスの神々の王として、世界を永遠に支配し続けることのなったとされる。

 ところでこれまで述べてきたゼウスの世界平定神話は、旧世代のティタン神族と新世代のオリュンポス神族の政権交代の物語といえる。それは日本神話でいえば、「国譲り神話」にあたるだろう。「国譲り神話」とは大国主(オオクニヌシ)神が自らが治めていた葦原中国(あしはらのなかつくに)を天照大神(アマテラスオオミカミ)に献上した次第を語る神話で、諸々の異伝があるが,『古事記』によるとこんなストーリー。アマテラスは葦原中津国を手に入れようと高天原(たかまがはら)から,はじめに天菩比(アメノホヒ)神,続いて天若日子(アメノワカヒコ)を遣わす。しかし、アメノホヒはオオクニヌシを慕って、3年経っても連絡してこない。次のアメノワカヒコは、オオクニヌシの娘と結婚し、8年間連絡を絶ったまま。そこで最後に派遣されたのが建御雷(タケミカズチ)神。この神によって国津神事代主(コトシロヌシ)神と建御名方(タケミナカタ)神は服従させられ,その父であるオオクニヌシは国譲りを誓うことになった。

 この「国譲り神話」とゼウスの世界平定神話、似てはいるが大きな違いがある。日本の国譲り神話は、ヤマト王権(天照大神)が出雲豪族(大国主命)から平和的に国土を譲られたことになっているのに対し、ゼウスはティタン神族と血で血を洗う激しい戦いを10年間続けたからだ。実際には日本でも戦いはあったようだが(「国譲り神話」は、列島各地の地域社会に存在していた「国主(くにぬし)」がヤマト王権の地方官である国造(くにのみやつこ))に変わったことを象徴的に示した神話で、多くの場合「国主」自身が納得して国造に変わったという説もある)、いずれにせよ、古代の日本人は、神話にその事実を残さなかった。その事実を人々に知らせることが、獲得した権力の安定化に有効とは考えなかったのだろう。他方古代ギリシアでは、日本と比べ「人望」よりなにより「強さ」こそが支配者にとってより不可欠の条件だったようだ。そのため、徹底的に戦い、邪魔をする者は容赦なく冥界タルタロスに叩き落すような無慈悲なまでも強さが世界平定の方法として求められたのだろう。 

(ゼウスとテュポンの戦い)

(噴火するエトナ山)

(稲羽(いなば)の素兎(しろうさぎ)と大国主神)

(オオクニヌシとタケミカヅチの会談)

0コメント

  • 1000 / 1000